iPS細胞の成り立ちとクローンについて
山中4因子
iPS細胞研究における最大の発見は,山中4因子と呼ばれる4つの遺伝子Oct4, Sox2, Klf4, cMycだけで,あらゆる体細胞が新たな多能性幹細胞(iPS細胞)になることを見出したことです。山中4因子により、メインスイッチが入って幹細胞の遺伝子発現制御機構が働き出すと,この外来性の山中4因子はもはや不要となり,体細胞だったときに眠っていた遺伝子群が活発に未分化性を維持するようになります.このように発生を巻き戻して未分化に戻す因子を,リプログラミング因子(再初期化因子)と呼びます。
ガードンの研究
ガードンの研究は、オタマジャクシの腸管の上皮細胞という、受精卵からかなり発生が進んで分化した体細胞の核を、核を取り除いた未受精卵に移植して、そこからもう一度オタマジャクシに発生させることに1962年に成功しました。腸の細胞をもう一度体中のすべての細胞をつくり個体を生み出せる状態に戻したので、これを体細胞のリプログラミング(再初期化)といいました。しかし、移植された核は、履歴を残したままですので、最初の受精卵の状態に戻せてはいません。完全に初めの状態に戻すリセット(初期化)とは異なります。
このガードンの方法で再初期化した細胞を用いると、元の細胞と同じ遺伝情報セットをもつクローンカエルが作れますが、「iPS細胞からはヒトのクローンは作れない」と言われています。厳密にいうとiPS細胞で卵子と精子を作り受精させて母体に入れれば、理論的に可能ることが必要ですが、その際減数分裂によって遺伝的な多様性が生まれるため、親と同一の遺伝子を持つクローンは生まれません。ただし、クローンに近い個体が誕生させることは可能で、しかもiPS細胞を経由することで、一度再初期化(リプログラミング)されるため、クローン特有の健康異常*が軽減される可能性はあります。
*:今まで報告されているものとして、胎盤早期剥離、肝臓がん、免疫系の異常があります。
iPS細胞からクローン
iPS細胞には、元の体細胞(例えば皮膚細胞)の履歴(DNAメチル化、遺伝子の突然変異)が消えずに残っているため、自然な受精卵と異なり、遺伝子の履歴は完全に白紙にはなっていません。履歴を別の言い方をすれば、発生や分化ののちに染色体や細胞に起こる変化(エピジェネティックな変化)のことで、履歴は受精卵の時点ではないものなのです。元の細胞ごとにエピジェネティックな変化が異なる履歴として残るため、作製された個体はクローンには近いけれども、完璧なクローンではないのです。従って、用いるiPS細胞ごとにその履歴が異なってしまうため、iPS細胞を使ってクローンを作製することは非常に難しいのです。また、iPS細胞由来の個体では、体細胞核移植によるクローン個体のような異常が出ない(出にくい)理由が、世代を経るときに、精子や卵子を形成する段階ではじめて、元の個体の細胞の発生や分化で染色体に刻印された履歴が、全部消されるためです。もちろん体細胞突然変異などは消えませんが、いわゆる発生の履歴は、次の世代に受け渡すときには、いったん全部消される。その上で、遺伝子に刷り込みという新しいエピジェネティックな変化が起こり、オスとメスに特有な初期条件を整えます。体細胞核移植によるクローンの場合は、受精というプロセスをとばしてしまうので履歴が残ります。iPS細胞は世代を越えればリセットされ、異常は出ないかもしれませんが、リプログラミングのまま、再生組織を体に入れるた場合、どうなるかははっきりとわかっていません。以上の理由から、iPS細胞の作製はエピジェネティックな変化が蓄積されていない若い時に行うのがベストだと考えています。
iPS細胞のがん化の問題
iPS細胞で最も懸念される事項は再生組織を人体に移植したあと、以下の理由によりがん化する恐れがあることです。一つは細胞に導入した山中4因子のうち特にc-Mycがん遺伝子の再活性化が懸念されています。そこでc-Mycを除いた3因子ではiPS細胞の樹立効率が極端に減少(0.2%)(4因子でも1%以下と言われている)してしまう問題があります。現在は他の遺伝子を導入してみる、あるいは化学物質を調合して投与して2因子だけでiPS細胞を効率に樹立する方法が開発されつつあります。また、導入用ウイルスベクターによるゲノムへの遺伝子挿入時の傷ががん化の原因となることがありますので、傷を回避する方法としてプラスミドなどの染色体に残らないベクターを使用する方法やセンダイウイルスを利用する方法があります。センダイウイルスはRNAウイルスであるため細胞の核内に侵入せず、ゲノム(DNA)に組み込まれない(安全性が高い)ため遺伝子に傷がつきにくく、効率的な遺伝子導入が可能、そしてヒトに対する病原性がない利点があります。つまり、導入した遺伝子が一度作ったタンパク質が引き金となり、iPS化が進んでしまえば、導入した遺伝子はいらないと言えます。当院契約の細胞加工施設はこの方法を採用していますので、がん化の恐れは少ないと言えます。その他、考えられる危険因子として分化しきれなかった未分化のiPS細胞が最終製品に残っている場合、移植後に増殖して腫瘍になる可能性と一度分化させた細胞が何らかの条件で先祖帰り(iPS細胞に戻ってしまう)して腫瘍になる可能性があります。どちらの場合でも、移植した後も定期的に移植部位に腫瘍が発生していないかチェックすることで早期発見すれば、問題ないと考えます。
犀星の杜クリニック六本木
