サルコペニアとは加齢に伴う筋力あるいは筋肉量の減少を指す言葉です。この状態を放置しておくと、寝たきりや認知症になる恐れが高いですので、早期発見による予防が大切となります。アルツハイマー型認知症も発症する最大の危険因子は加齢です。アルツハイマー病と診断された人の大半は65歳以上であることを考えると、若返りを図ることでサルコペニアや認知症を予防することが期待できます。最近の研究で、腸内の細菌が若返りに関連する可能性が示唆されました。以下のコラムではその研究結果を示し、実際の臨床例を提示します。

腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症
① 動物による実証実験
ヒトがなぜ老いるのか。老いは生活習慣病を始め、ほとんどの病気の発生原因の根源にあると考えられています。最近、老化が起こるメカニズムを知る上で、重要かつ興味深い実験がありました。若いマウスの腸内フローラを高齢のマウスに移植すると若返ると言うのです。
マウスの寿命は長くて3年程度と言われ、早老症のマウスは何もしなければ約9か月で全部が死亡すると言われています。その早老マウスに正常マウスの糞便移植をすると半数になるまでの期間が13.4%、全数死亡までの期間が7.8%延びたのです(Barcena C, et al., Nat Med. 2019)。寿命が延びるだけではなく、低血糖や動脈硬化などの老化現象も軽減されたのです。この結果は正常マウスにいて、早老マウスに無いもしくは少ない腸内細菌が関連しているのではないかと推測され、実験によりアッカーマンシア・ムシニフィラという菌が候補にあがりました。この菌は残念ながら日本人には少ないとされますが、比較的女性に多い傾向があり、特に奄美大島地方の長寿の方からの調査ではこの菌が多かったと報告されています。

Barcena C, et al., Nat Med. 2019より引用

 

更に2021年にはアイルランドの研究者らが生後3-4ヶ月の若いマウスのフンから細菌叢を採取し、生後20ヶ月の高齢マウスに与えました。その結果、若い細菌叢を移植したグループのマウスはそうでないグループと比較し認知テストでより良い結果が認められ、学習や記憶を司る脳の海馬と呼ばれる場所の中にある認知機能や免疫機能の向上に関連する遺伝子の活動パターンや代謝が若い時のパターンに似た変化が認められたというのです(Boehme M et.al Nature Aging 2021)。アルツハイマー型認知症の原因として、脳内の老廃物であるアミロイドβの沈着が指摘されており、このアミロイドβを処理するのが、脳内マクロファージであるミクログリアなのです。従って、高齢マウスのミクログリアが若いマウスの腸内細菌叢の影響で活性化すれば、脳が若返ると言う推測も成り立つと思われます。

しかし、これらの結果が本当に腸内細菌叢が老化に影響を与えていることを示しているといえるのか。心身が単に衰えてきた結果、腸内細菌叢に変化が出ただけの可能性もあるのではないか。それを証明するために2022年にある研究が行われました。生後5週の若齢マウスの糞から取り出した腸内細菌を、生後12カ月の高齢マウスおよび25カ月の超高齢マウスに週2回、8週間経口投与し、身体的変化を調べた。その結果、生後12カ月の高齢マウスでは筋線維の太さと握力が増加し、角質細胞の数と皮膚水分量の増加、皮膚のマーカ ーの改善が見られました。25カ月の超高齢マウスでも、筋線維および脳サイズの増加が確認された。腸内細菌の移植で組織の若返りが起きたと考えられます(Kim KH et.al Microbiome 2022)。

これらの研究から導かれたことは、腸内細菌が寿命に影響することや、認知症やサルコペニアの発生進展に関わっている可能性です。では、どのような腸内細菌が関わっているのでしょうか。

腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症
② 加齢と腸内フローラ

Odamaki T et.al BMC Microbiology 2016より引用

黄色:アクチノバクテリア門 赤色:バクテロイデーテス門 青色:ファーミキューテス門 桃色:プロテオバクテリア門

神戸大学の研究では、乳幼児から超高齢者に至るまでの主な腸内細菌叢の変化を詳細に検討しました。上記のグラフでは年齢とともに黄色のアクチノバクテリア門の菌が減少していることがわかります。この門に属する代表格がビフィズス菌です。成人では腸内細菌全体の20%ほどを占めていますが、60歳を超えると約10%に、90歳を超えるとほぼ0%になってしまいます。実はビフィズス菌に連動して、青色のファーミキューテス門の菌も減少しているのがわかります。この門の代表格はラクトバチラス属の細菌で、いわゆる乳酸菌と呼ばれるものです。その他にはクロストリジウム属の一部の酪酸を産生する酪酸菌も含まれます。これらの菌は食物繊維やタンパク質、脂肪から酢酸、プロピオン酸、酪酸という短鎖脂肪酸を作るのですが、短鎖脂肪酸は糖質や脂質の代謝を調節し、体のエネルギー源にして筋肉を増やしたり、免疫能を調整し抵抗力を増す働きをしたり、認知症の原因である脳の老廃物を減らしたりすることが確認されています。高齢になっても若い時の腸内細菌叢のようにビフィズス菌や乳酸菌、酪酸菌の割合を再現できれば、健康に長生きできる可能性があるのです。

では、これら短鎖脂肪酸を作る菌を増やすにはどうしたらよいのでしょうか。長寿の地域の住民の生活習慣がヒントと成り得ますので、一例を示したいと思います。

腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症
③ 京丹後市の高齢者
京都府の京丹後市は100才を過ぎた高齢者の割合が全国平均の3倍以上という長寿の地域です。その理由は、この土地独自の食生活にあるようです。海藻、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀類)、葉野菜、根菜、豆類、イモ類など食物繊維が豊富な食品を毎日摂取している人の割合が高く、中でも水溶性食物繊維を多く含む大麦、玄米、海藻類を食べています。特に大麦は100gのうち水溶性食物繊維は6gと非常に豊富です。水溶性食物繊維は腸内の善玉菌の栄養源となり、元々いる善玉菌の数が増える結果、善玉菌の作る酪酸が過剰免疫(アレルギー反応)の制御、免疫強化による感染防御、腸炎などの炎症の抑制などに関与することが知られています。ヨーグルトなどでビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を摂ると、その菌は腸内を通るときに、いい働きをするので、比較的速効性が期待されます。ただし、外部から摂取した善玉菌は2-3日で死んでしまいますので、生きた善玉菌を含む食べ物を、毎日とることが大切となります。大体、腸内環境は、がんばれば2週間で変わりますので、食物繊維と生きた菌をしっかりととることで、腸内環境は変えることができます。理想的には1日にとりたい食物繊維は20g、1日あたりの食物繊維摂取量が25グラムから29グラムのときに、死亡や疾患にかかるリスク低下度が最も大きくなると言われています。

では、実際の京丹後市の高齢者の腸内フローラを調べた結果が下段グラフです。京都市の高齢者と比較して、ファーミキューテス門の酪酸を産生するクロストリジウム属が多いことが判明しました。ファーミキューテス門の腸内細菌が加齢とともに減少することは前出した研究で示されていますが、京丹後市の高齢者では増加し、若年者の腸内フローラに近づいていると言えます。

Naito Y, et al. J Clin Biochem Nutr 2019より改変

 

そして京丹後市内798名の65歳以上の高齢者を調べてみると、握力低下によるサルコペニアの疑いは17.1%、認知症の疑いのある方が7.5%と全国平均を下回る状況でした。すなわち食物繊維の多い食事を習慣にすることによって、ファーミキューテス門の作る短鎖脂肪酸、特に酪酸の影響でサルコペニアや認知症を予防できたことが推測されます。研究により予想される結果が、実際の臨床でも証明された可能性を示すいい一例だと思います。サルコペニアや認知症を予防し、健康寿命を延ばすのに、まさしく食は大事なのだなと痛感する次第です。

しかしながら、サルコペニアや認知症はなってからでは遅いので、予防とともに重要なのは早期発見と言ってもいいでしょう。早期発見すれば、いくつかの治療によって回復する可能性があるのです。次に早期発見と治療について述べたいと思います。

サルコペニアの早期発見
従来、行われてきたサルコペニア診断はほぼサルコペニアを発症している方に対するものでした。サルコペニアの予防としては予備軍を見出し、早期に対処することが肝腎です。
当院では血液検査からハイリスク群を抽出し、早期予防治療を推奨しております。犀星の杜クリニック六本木では血液検査の項目としては虚弱マーカーの候補をいち早く取り入れ、①ヘモグロビン②高感度CRP③インターロイキン6(IL-6)④ビタミンD(25(OH)D3)⑤抗サイトメガロウイルスIgG抗体⑥腫瘍壊死因子アルファ(TNFα)⑦抗単純ヘルペスIgG抗体⑧β2ミクログロブリンを測定し、身体所見と総合してサルコペニアの早期発見に尽力しております。早期発見後は以下に述べる予防や治療法を提案します。

サルコペニアの予防を目的とした栄養療法、再生治療
サルコペニアを予防するための栄養学
タンパク質は筋肉をつくるために欠かせない栄養素です。サルコペニアの予防には、1日に体重1㎏あたり1.2~1.5gのタンパク質を摂ることが必要とされています。大体、体重が60㎏の人ならば、72~90gを1日に摂らなくてはなりません。しかし、例えば高タンパク・低カロリーである鶏のささみを100g食べたとしても、それに含まれているタンパク質の量は23g。1日量の1/3程度しか賄えません。毎回の食事の中でバランスよく、肉や魚、卵、乳製品、大豆製品などからタンパク質を摂ることが大切です。不足分はサプリメントで補充するのも一手です。
そのタンパク質が分解されてできるアミノ酸の中で、体内で合成できない、もしくは合成量が必要に満たないものを必須アミノ酸といいますが、その中でもロイシン、バリン、イソロイシンは特に筋肉を作るタンパク質の材料やエネルギー源となる分岐鎖アミノ酸(BCAA)として知られています。高齢者ではタンパク質同化(タンパク質を作る)ホルモン【テストステロン、エストロゲン、成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF-1) 】が減少して、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが増加して来るので、筋肉の破壊が進んでしまう傾向にあります。実際、筋肉量の減少が認められた高齢女性にロイシンを多く含む栄養剤の投与を行ったところ、筋肉量、筋力、歩行速度のいずれも改善したという報告があります。BCAAはまぐろの赤身、かつお、あじ、さんまに多く、鶏肉、牛肉、卵などにも多いので、これらの食品をバランス良く摂取し、足りない分をサプリメントで補給するのが良いでしょう。
ビタミンDはカルシウムと共に、骨をつくるために必要な栄養素として知られています。一方で、血中のビタミンDレベルが低い人は、握力や歩行速度などの身体機能が低いことや、40歳以上の日本人女性ではサルコペニアと骨粗しょう症の発症の間に強い関連があることが示されており、ビタミンDは骨だけではなく筋肉にも作用することが解っています。その機序として、血中カルシウム濃度を一定に保ち、神経の働き良くすることで筋肉を正常に収縮させて、筋力を保つこと、もう一点はがんや慢性疾患、老化などで筋肉量が減り萎縮していく過程をビタミンDがブロックすることで、筋肉量を保つことが言われています。実際、ビタミンDが欠乏している高齢者にビタミンDを補給したところ、下肢筋力の向上や転倒リスクの軽減が見られたという結果が報告されています。
ビタミンDはキノコ類やイワシ、サケ、サバなどに多く含まれていますが、サプリメントもいいです。また、日光に当たると皮膚でビタミンDは合成・活性化されますので、適度な日光浴がおすすめです。
L-カルニチンはエネルギー代謝に深く関わる重要な栄養素です。L-カルニチンは生体内での合成にはリジン、メチオニン、ビタミンB3(ナイアシン)、B6、C、鉄を必要としますが、大部分(3/4)は食事から摂取したものとなります。L-カルニチンの主な働きは脂肪をエネルギーに変えることにより、体脂肪を減少させたり、体重を減らしたりすることですが、L-カルニチンのほとんどは筋肉に貯蔵され、筋肉のエネルギー源として活用されています。また近年では脂肪をエネルギーに変換する際、抗酸化作用により筋肉細胞の障害を抑えて骨格筋を保護する効果が示唆され、サルコペニア予防として注目されています。L-カルニチンは羊肉や牛肉に多く含まれていますが、高齢になると一般に肉類の摂取が減り、食事から補給するのが困難となりますので、サプリメントや薬で補給することもできます。

タウリンはアミノ酸の一種で、血液中のコレステロールや中性脂肪を減らし、血圧を正しく保ち、また肝臓の解毒能力を強化し、アルコール障害にも有効な作用を示します。それだけではなく、最近、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが保有するデータを解析したところ、65歳以上に限定すると、タウリン推定摂取量が多い人は8年間における筋力低下が少ない人と比べて、半分程度に抑制されていることが判明したのです(図3)。マウスを用いた研究でも、
(出典:大正製薬ニュースリリース)                   骨格筋中のタウリンが欠乏すると、骨格筋の老化が促進されたという結果が報告されています。つまり、タウリンもサルコペニアを予防する重要な因子であることが示唆されたのです。タウリンはイカやタコ、貝類、甲殻類及び魚類に多く含まれているので、日本人はタウリンを摂取しやすいと考えられますが、近年、食習慣の変化からその摂取量は低下傾向にあると言われています。

京丹後市の高齢者にはサルコペニアと診断された方が非常に少ないという特徴があることが報告され、腸内細菌叢を調べたところ、ラクノスピラ属の酪酸菌が多いことが判明しました。その機序はまだはっきりとしていませんが、酪酸菌が体内の炎症反応を抑えることにより、筋萎縮を減らし、タンパク質同化を改善すること、筋肉におけるエネルギー代謝が効率よく行われ、運動時の易疲労性に対し予防的に働くこと、酪酸が筋肉の遺伝子発現に影響を与え、加齢による筋萎縮を抑制することなどから、サルコペニアを抑制すると考えられています。
腸内で酪酸菌を増やすためには食物繊維、特に水溶性食物繊維の多い食事を心掛けることです。京丹後市の高齢者は、海藻、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀類)、葉野菜、根菜、豆類、イモ類など食物繊維が豊富な食品を毎日摂取している人の割合が高く、運動能力においては握力の低下、歩行速度の遅れが全国平均をかなり下回っています。マウスを用いた実験でも、肉を与えず、豆類など植物由来タンパク質や食物繊維の多い食品を十分に与えていれば、筋肉量が増加しサルコペニアが改善することが証明されています。食事を変えることが難しい場合でも、最近では、酪酸菌を含むサプリメントも開発されていますので、利用するのも一方法です。

同じく腸内細菌の話ですが、2015年にアメリカでマラソンランナーの腸内細菌を調査したところ、ベイロネラ属の細菌(ファーミキューテス門)が座位の仕事をしている人々に比べて多いことが判明しました。更にベイロネラアティピカ菌と想定され、乳酸を唯一代謝する菌としての特徴がみられましたが、その後のマウスの研究で乳酸からプロピオン酸という短鎖脂肪酸を産生することがわかったのです。プロピオン酸は腸から吸収されて筋肉のエネルギー源になったり、その消炎効果により筋肉疲労を軽減したりする作用が考えられていることから、サルコペニアの予防にも効果のあることが期待されます。このプロピオン酸を増やすために、多く含むブルーチーズ(実はこの臭いの元がプロピオン酸)を食しても、大腸に届く前に消化液で分解されてしまいますので、効果はありませ。水溶性食物繊維を摂取して、運動をすることでベイロネラ属菌の持つ酵素が活性化して、プロピオン酸が多く作られるのです。日本でも同様の研究がなされ、長距離ランナーにバクテロイデス・ユニフォルミス菌が多いことが判明しました。この菌はトウモロコシを原料とした難消化性水溶性食物繊維を摂取すると増えることが知られております。また、これらの研究を元に、アメリカでも日本でもベンチャー企業がサプリメントを開発しています。サルコペニア予防にこれらサプリメントを試みるのも一案かと思います。

老化やアルツハイマー型認知症などの加齢に伴う病気の発症にはNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)というエネルギー代謝に必要な補酵素の低下が関連していると言われています。この前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は若返りのビタミンとも呼ばれ、これを摂取すると、高齢男性において筋力が改善するという研究結果が東大病院から発表されました。骨格筋量に有意な変化は認められませんでしたが、歩行速度や握力などの運動機能が向上し、サルコペニアの予防が期待される結果です。NAD+は加齢とともに減少し、50代では20代と比較して半減してしまいます。従って、外からの補給が必要なのですが、食事で摂るとなると、NAD+が比較的多く含まれるブロッコリーでも一日40㎏以上必要になるほどの量なため、サプリメントで摂ることをお勧めします。

最後に筋肉細胞におけるタンパク質同化の刺激因子に注目しますと、先に述べたロイシンという分岐鎖アミノ酸、運動、インスリン様成長因子(IGF-1)の3つが挙げられます。このうちIGF-1は筋サテライト細胞という骨格筋の幹細胞を刺激することで、筋肉細胞に分化、増殖させることが知られています。加齢とともにIGF-1は減少し、筋サテライト細胞はその数や機能が低下してきますので、IGF-1を十分に増やすことがサルコペニアを予防すると考えられています。また、最近ではIGF-1が筋肉細胞の肥大を促進することや、筋タンパク質の分解を抑えることも分かってきており、様々な面から、サルコペニアを予防する可能性を有しています。IGF-1は現在、医薬品やサプリメントではありません。しかし、IGF-1は幹細胞自身が作っているので、例えば、幹細胞を取り出して培養すると、その上澄みである上清液にIGF-1が多く含まれています。その上清液を筋肉注射や静脈内投与することにより、IGF-1が筋サテライト細胞を刺激し、その結果筋肉細胞を増加させるという再生医療が可能となります。現在は未承認医薬品ではありますが、現在既に、医師主導で行われ始めています。高い効果が出ることが期待されています。

犀星の杜クリニック六本木