超高齢化社会のわが国では、現在85歳以上の4人に1人が認知症といわれ、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人の約700万人、2050年には1000万人を超えると推測されています。一方、認知症の前段階である軽度認知障害の患者は、現在国内では約400万人いるとされ、世界的には国によって65歳以上の人口の7~42%が軽度認知障害の状態であると推計されています(Petersen RC et al. J Intern Med 275:214-228 2014)。そして、軽度認知障害患者のうち、年間10~30%の方が認知症に移行するとされています(2019年6月 厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」より)。令和5年12月よりエーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬レカネマブが本邦で保険適応に承認されてから、ますます軽度認知障害の早期発見、認知症発症予防に注目が集まってきています。

 

軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)とは
① 記憶障害(物忘れ)の訴えが本人または家族から認められている。
② 日常生活動作は自立している。
③ 全般的な認知機能は正常範囲であるが、以前と比較して認知機能の低下があり進行性である。
④ 年齢や教育レベルの影響のみで説明できない記憶障害、遂行機能、注意、あるいは視空間認知のうち一つ以上の認知機能障害が存在する。
⑤ 認知症ではない。
のすべてを満たす状態をいいます。健常と認知症の中間の状態を指し、認知症の予備軍と言われています。MCIを放置しておくと、約半数の方が認知症に移行すると言われています。また、この時期に適切な予防を行うことで、認知症への移行を防ぐこともできると言われています。特に視空間認知障害があると、視力低下がないにもかかわらず、物品の認識や簡単な道具の操作や図形描画のレベルが劣る、手指の形のものまねができない、自動車をバックで駐車できない、よく知った道で迷子になる、などの症状が見られるようになります。

 

アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症の原因の一つに、アミロイドβが加齢や生活習慣の乱れにより脳内に蓄積して起こると考えられています。まず、血管の老化が進むことによって血管の慢性炎症が併発し、その結果、血液脳関門の損傷が生じることで脳実質内への血液成分の侵入、脳内の炎症が惹起されます。脳内の持続的な炎症はアミロイドβの産生を増やしますが、脳内からのアミロイドβの排除が間に合わなくなり脳実質や血管内に蓄積し続けると、ミクログリアが異常に活性化して神経細胞のシナプスを攻撃します。攻撃を受けたシナプスは変性し、その結果、記憶や見当識など認知機能の低下を起こし、アルツハイマー型認知症に至ります。

 

アルツハイマー型認知症の血液診断の方法として、アミロイドβ42(Aβ42)を測定する方法がありますが、認知症発症の10年以上前からAβは脳内に蓄積が始まっていること、Aβの蓄積が必ずしも認知症の発症を引き起こさないため、早期のスクリーニング検査として感度が落ちることから、Aβの蓄積に引き続いて起こるタウ蛋白の血液濃度の測定が試みられています。しかしながら、タウ蛋白の中で総タウ蛋白は患者と正常者の間の差が少なく診断には使えないことが明らかになっており、よりアルツハイマー型認知症に特異的なリン酸化タウ蛋白を、血液中で定量できる定量系の開発が求められていました。リン酸化タウ蛋白はアルツハイマー型認知症患者さんの脳に特異的に蓄積する病的蛋白質であり、またAβ42とは異なり、より認知症の発症が近づいてきた時期から脳に蓄積し始め、その大脳内での広がりが認知症の発症とダイレクトに関連していることがわかっています。しかし、リン酸化タウ蛋白はまだ一般の検査機関での測定はできないため、いち早い商業化が望まれています。現在ではアミロイドβやタウ蛋白を直接、測定するのではなく、以下に述べるMCIスクリーニング検査プラスという方法を用いて、軽度認知障害(MCI)を診断する手法が開発され、一般にも検査できるようになっています。

 

認知症の早期診断
MCIスクリーニング検査プラスはアルツハイマーの病態進行に関わる栄養・脂質代謝・炎症免疫・凝固線溶の4つのカテゴリーに分け、それぞれのグループ中のバイオマーカーを探索して、全体で9つのタンパク質を抽出しました。これらのタンパク質の血中濃度を測定し、MCIのリスクを評価しています。総合評価A~Dで65歳以上のD評価の方はレカネマブによる治療の適応の可能性があります。専門医の受診を必要とします。当院ではJCHO東京高輪病院、東京都健康長寿センター、東大病院との連携を取っており、適切に紹介いたします。一方、B~C、65歳以下のD評価の方は当院で生活習慣や基礎疾患の見直しと、予防治療を行っていますので、是非ご相談ください。

当院の予防対策について
認知症の多くは加齢によって発症するため、その予防のためには、いわゆる老化対策が重要となってきます。特にアルツハイマー型認知症は老化物質による全身性の慢性炎症が、脳のミクログリアというそうじ屋の役目を持つ免疫細胞にも起こるため、脳内の老廃物が除去されずに生じるという考えがあります。その炎症を如何に少なくするかが認知症予防の鍵となると考えられますが、これから今までの研究で分かってきたことを元に、当院で行われている認知症予防対策を紹介していきたいと思います。

 

認知症と腸内細菌叢
老化による慢性炎症の発生に腸内細菌が一役買っているようです。加齢とともにビフィズス菌は著しく減少し、悪玉菌が増えることが知られています。増加した悪玉菌の中にアンモニアを産生する菌があり、血中のアンモニア濃度が高いと脳内のアストロサイトという細胞が炎症反応を呈し、アミロイドβの前駆物質の発現量が増加します。前駆物質がやがてアミロイドβに変換され、認知症のリスクが高くなるという研究結果がでています(1)。更に、悪玉菌のうち特にグラム陰性菌(大腸菌など)はリポポリサッカライド(LPS)という糖脂質を菌体成分としていて、これが腸管粘膜より血管内に入ると、全身の組織に炎症性サイトカインを誘導し、慢性の微小炎症を引き起こすことがわかっています。脳のミクログリアにも慢性炎症が生じ、そうじ屋としての機能が落ちることにより、アミロイドβを脳から排泄できなくなり、アルツハイマー型認知症になるのです。一方、ある種のビフィズス菌によりアミロイドβを投与したマウスの認知機能が改善したという結果や、乳酸菌の作るペプチドを物忘れを自覚する高齢者に2か月間に渡って、服用させ続けたところ、改善が認められたという結果が示されました。これらの結果は、悪玉菌を減らし、ビフィズス菌を始めとする善玉菌を増やすことにより、慢性的な炎症が抑制されたため、認知症発症が予防可能であること示唆するものです。例を示すと、京都の京丹後市は百寿者が多い地域で、高齢者の認知症が少ないと言われています。その地域の高齢者の腸内細菌叢を調査しところ、短鎖脂肪酸の一つである酪酸を作る善玉菌が多く、腸内細菌の分布が若い人たちと同様であることが報告されています。京丹後市の高齢者の食事内容は海藻、玄米などの全粒穀物、葉野菜、根菜、豆・芋類など高繊維食が中心で、善玉菌が増えやすいものでした。また、世界的には地中海沿岸地域の人々が心疾患、脳卒中や脂肪肝に罹患するリスクが低いことが知られていて、その地域の人々の食生活が魚介類、オリーブオイル、野菜、豆類、ナッツ類が主で、赤肉、ソーセージ・ハムなどの加工食品や砂糖を避けている特徴があり、地中海食として知られています。最近の研究で、日本の長寿地域の食事と同様、地中海食やMIND食*)も認知症のリスクを減らすことが分かってきました(1)。別の研究では地中海食の摂取で、認知機能向上に関連する虚弱マーカー、C反応性タンパクで示される炎症反応などが減少していることが示されました(3)。また、比較的低カロリーの食事は生活習慣病のリスクを減らし、なおかつ長寿遺伝子を活性化することにより認知症のリスクを減らすと考えられていますが(4)、先にも挙げたように腸内細菌叢の環境改善により、認知症のリスクを回避している可能性もあります。従って、腸内環境の改善、すなわち善玉菌を増やすためには、善玉菌のエサとなる水溶性食物繊維やオリゴ糖などのプレバイオティクスや、ヨーグルト、発酵食品などのプロバイオティクスやサプリメントを摂ることが推奨されています。一方、悪玉菌を減らすためには、善玉菌を増やすだけでなく、悪玉菌のエサとなる脂質や糖質の高い食事を避けること、アンモニアを作る悪玉菌を除菌する抗菌剤や下剤なども活用することが考えられます。

 

1) Saji N, et al. Sci Rep 2020 18;10(1):8088.
2) Agarwal P, et al. Neurology 2023 100:2259-2268
3) Gosh TS, et al. Gut 2020 69:1218-1228.
4) Guarente L, at al. Cell 2005 120:473-482
*):MIND食とは、地中海食とDASH食を組み合わせた食事法。DASH食とは、アメリカで高血圧改善のために推奨されている、飽和脂肪酸とコレステロールを抑えてミネラル、食物繊維、タンパク質を多くとる食事法。

 

補足事項
リポポリサッカライド(Lipopolysaccharides: LPS)は、グラム陰性桿菌の菌体成分で炎症性サイトカインの放出を促進します(炎症を悪化させます)。また、LPSは認知症の危険因子であるアミロイドβの産生やタウ蛋白のリン酸化に関与する可能性も指摘されています。
127人を解析した結果、認知機能が健常な人と比較して、認知機能障害がある人では、血漿LPS濃度が高値でした。また、認知症を発症していない群の検討では、軽度認知障害群は健常群と比較して血漿LPSが高値であり、多変量解析でも、血漿LPS高値は軽度認知障害で有意に高値を示していました。また、血漿LPS濃度が低い群では、魚介類を多く摂取している人の割合が多い傾向でした(LPS高値群vs.低値群:45% vs.70%, p = 0.027)。いわゆる善玉菌が作る乳酸や酢酸など短鎖脂肪酸濃度も調べると、LPS低値群で高い傾向でした。この結果から、食事-善玉菌-認知機能という相関関係が推測されます。

 

認知症とNMN
老化やアルツハイマー型認知症などの加齢に伴う病気の発症にはNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)というエネルギー代謝に必要な補酵素の低下が関連していると言われています。この前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は若返りのビタミンとも呼ばれ、これを摂取すると、高齢男性において筋力が改善するという研究結果が東大病院から発表されました。骨格筋量に有意な変化は認められませんでしたが、歩行速度や握力などの運動機能が向上し、サルコペニアの予防が期待される結果でした。サルコペニアは寝たきり状態になる前段階で、寝たきり状態が認知症のハイリスク因子であることから、NMN摂取により認知症になりにくくなることが予想されます。また、最近の研究ではNMNはアルツハイマー型認知症の原因の一つであるアミロイドβと呼ばれる老廃物のようなタンパク質の産生を減らし、脳神経の変性を抑える効果のあることが示され、その結果、記憶力と空間認識能力(例えば距離感)が改善されたということです。一方、動脈硬化のある血管の柔軟性や原因となる酸化ストレスの減少が起こることで、脳の血流が改善することも示されました。NMNは加齢とともに減少し、50代では20代と比較して半減してしまうことから、認知症のリスクが加齢とともに高まってきます。従って、外からの補給が必要なのですが、食事で摂るとなると、NMNが比較的多く含まれるブロッコリーでも一日40㎏以上必要になるほどの量なため、NMNをサプリメントで摂ることがお勧めです。

 

認知症とシトルリン
シトルリンは血液中に流れ回っているアミノ酸で、遊離アミノ酸と呼ばれています。シトルリンは体内で生じたアンモニアを尿素へと解毒する働きがあります。アンモニアは腸内細菌のところで述べましたように、アルツハイマー型認知症の増悪因子と考えられていますので、シトルリンが認知症の進行を抑える可能性があります。一方、シトルリンは血管を拡げる作用のある一酸化窒素(NO)の産生を促し、動脈硬化を緩和させる働きがあります。脳の血流が改善することにより、記憶力や集中力が向上し、更にNOがアミロイドβの蓄積を抑制するという研究結果からも認知症の予防に繋がると考えられます。
シトルリンはスイカに多く、100g中180㎎も含まれていますが、一日の所要量が800㎎と推奨されているので、スイカを毎日100g食べても足りません。きゅうりは56本、ゴーヤは24本に相当します。従って、シトルリンはサプリメントを活用することで摂取することをお勧めします。

 

ケルセチン
ケルセチンはフラボノイドというポリフェノールの一種で、アミロイドβの合成を阻害し、リン酸化タウ蛋白の海馬への蓄積を抑制する働きがあり、認知機能を改善すると言われています。食品で代表的なものは玉ねぎで、赤(紫)玉ねぎ、黄玉ねぎに多く、白玉ねぎに少ないとされています。また、強い抗酸化作用を有しており、酸化ストレスレベルを低下させることで、老化を遅らせる効果があると考えられています。

ジオスゲニン
ジオスゲニンはステロイド系サポニンの一種で、抗酸化作用が主な働きですが、アミロイドβの脳内沈着の抑制、タウ蛋白のリン酸化阻害という作用を有し、アルツハイマー型認知症の予防に有効とされてきましたが、最近の研究でアミロイドβによって変性した神経細胞の軸索を伸展し再生させる機能が発見されました。この作用により、記憶障害が改善され、認知機能が向上することが証明されました。ジオスゲニンは山芋や長芋に多く含まれていることで知られています。

 

認知症とビジョントレーニング
目から入る視覚情報が脳において情報処理がされ、自身の空間認知が可能となります。空間認知ができて平衡感覚と合わせて体幹、四肢などが即座に反応し、適切に行動します。認知障害が始まるとこの空間認知能力が低下してきます。この一連の連携性をトレーニングにより高めることで、認知障害を予防することが可能と考えられています。40~50代以降、視力は低下してきますが、「見る力」は鍛えることができます。「見る力」とはいわゆる動体視力とほぼ同義です。目を素早く動かし、ものを追う眼球運動を鍛えることで、脳での情報処理も早くなり、空間認知力が高まります。そして、情報をいかに運動につなげるか、情報の出力も反復したトレーニングでスムーズになります。元々は50年以上前からアメリカで始まった考え方ですが、トレーニングの様々なプログラムが開発され、一部日本にも導入され始めてきています。

 

BDNF(brain derived neurotrophic factor; 脳由来神経栄養因子)
BDNFは最初、ブタの脳から精製された神経細胞の生存を維持する作用を持つ因子とされ、ヒトでは神経細胞の発生や成長、維持、修復に働き、学習や記憶、情動、摂食、糖代謝において重要な働きをする分泌タンパク質であります。近年、BDNFの発現量がうつ病やアルツハイマー病患者の脳(主として海馬、大脳皮質)で減少していることが確認されてきました。その後の研究で海馬領域のBDNFが学習や記憶において重要な役割を果たしていることが示されました。BDNFの作用は神経細胞の生存維持、神経突起の伸長促進、神経伝達物質の合成促進であると考えられています。BDNFは分子量13.5kDと大きいが、血液脳関門は脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出するという新たなメカニズムが確立してきているため、BDNFは血管内投与でも有効な可能性があります。現在、BDNFは製剤化されていないので、唯一、BDNFが含有されている間葉系幹細胞培養上清液しかありません。当院では軽度認知障害(MCI)の患者さんの病状が進行しないように本上清液の血管あるいは鼻腔内投与行い、予防的処置を行っております。

 

犀星の杜クリニック六本木