コラム 幹細胞培養上清液からエクソソームまで
幹細胞は、周囲の細胞と同調したり、細胞の何らかの動きを誘導したりするために様々な物質を細胞外に分泌します。この物質には、生体防御に重要なサイトカイン、細胞の成長を促し、条件によっては分化誘導も行う成長因子(Growth factor)が含まれており、このうちのいくつかは健康維持に重要な物質であるため、幹細胞の分泌物が様々な形で利用されています。この分泌物の中に、エクソソーム(またはエキソソーム、Exosome)と呼ばれるものがあります。
1. エクソソームとは?
エクソソームの研究はそれほど古くなく、1980年代に発見され、エクソソームと名付けられました。エクソソームは、物質単体でできているものではありません。小胞と呼ばれる膜に包まれた輸送体です。幹細胞は、物質をそのまま分泌する場合もありますが、このエクソソームの中に分泌する物質を封じ込めて分泌するケースもあります。以下にエクソソームがどのようにして幹細胞から分泌され、標的細胞にどのように取り込まれるかを図示します。

分泌側の細胞

東京都健康長寿医療センター研究所HPより抜粋
エクソソームは細胞内で分泌したい物質が膜に包まれて小胞を形成し、内側から細胞膜に近づきます。そして細胞膜から小胞ごと排出され、この物質を受け取る側の細胞は小胞をそのまま細胞内へと取り込みます。生体内では細胞間のシグナル伝達に重要なこのメカニズムですが、人工的な培養細胞でもこのメカニズムは稼働しており、培養幹細胞から培養液中にエクソソームが放出されます。最近、医療などによく使われる幹細胞培養上清液は、まず幹細胞を培養した培養液を回収しますが、このエクソソームも当然培養液には含まれています。
2. エクソソームの中には何が入っているのか?
エクソソームの直径は30 nmから150 nmで、このサイズにおさまるのであれば理論的には何でも細胞外に排出、つまり分泌させることができます。エクソソームが輸送する物質は主に核酸(マイクロRNA(miRNA),メッセンジャーRNA(mRNA))タンパク質、サイトカイン等多岐にわたります。核酸が含まれているので細胞間の情報伝達に重要な働きをしていると考えられています。特に間葉系幹細胞から分泌されるエクソソームの中には、miRNAが多く封じ込められています。
3. miRNAとは?
miRNAの歴史は浅く、1993年に発見されています。miRNAは普通のRNAより短かく、タンパク質へ翻訳されません。従って、最初のころは重要な役割はなく、ガラクタと考えられていました。しかし、アメリカの科学者が、miRNAがRNAに結合することにより、タンパク質合成を調整し、細胞の分化、増殖、アポトーシスなどの生命現象に深くかかわることを発見し、2024年にノーベル賞を受賞したのです。
4. miRNAは有益な作用だけではない
その後、miRNAの研究は進み、その役割は、人体に有益な作用だけではないことがわかってきました。現在までに2千数百種類のmiRNAが発見されそれぞれの働きが徐々に解明されてきています。実はmiRNAはがん、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、心血管疾患、そして精神疾患など、多くの疾患の発症と進行に関わっていることが想定されています。特に、細胞のがん化とmiRNAの関連については盛んに研究されています。これらの研究によって、miRNAはがんに対して、「がん化、がんの進行、がんの悪性化」に作用する種類のものと、「がん化の抑制」に作用する種類のもの、正の制御、負の制御両方に作用することがわかってきましたが、miRNAは種類によって、この区別が何によって行われているかについてはさらなる研究が待たれています。
5. 幹細胞培養上清液とエクソソームの相違について
現時点で、幹細胞培養上清液からエクソソームを単離する方法で最も確実なのは超遠心分離法ですが、この方法でも培養上清液を完全に除去しきれません。ちまたで使用されているエクソソーム点滴は培養上清液からサイトカイン等をできるだけ除去し、濃縮したものです。しかしながら、エクソソームにも本来サイトカインが含まれていますので、完全に取り除くことは困難です。サイトカインを夾雑物として、悪いものと考えている施設がありますが、私はむしろ細胞の活動に直接働きかけるサイトカインがある程度入っていた方が、治療効果を感じやすいと思っています。若い成人女性の幹細胞から分泌されるサイトカインは生命の活性を促し、病気になりにくい効果がありますので、少なくとも50代、60代の方にとっては若返りの効果が期待できるのではないでしょうか。以上のことから、エクソソームは培養上清液と同等に扱うことができるものと認識しても良さそうです。従って、当院はエクソソーム含有濃縮培養上清液として使用しております。
6. 幹細胞培養上清内のエクソソームは大丈夫なのか?
「エクソソームから放出されるmiRNAが安全なものか」に言い換えられると思います。これに関しては現段階でははっきりした見解が得られていません。なぜなら、がんの発生や増殖進展を促してしまうmiRNAが実在しているからです。miRNAは幹細胞から放出されますので、用いる幹細胞の性質に左右されますが、幹細胞がいいmiRNAを作るように差し向ければいいのです。当院では幹細胞の培養方法を工夫し、がん細胞の増殖に影響を与えない培養条件で上清液を作製したものを使用しております。ここで注意しなければいけないのは、不死化遺伝子を導入する、あるいはiPS化するなど遺伝子操作をしますと、導入した遺伝子の影響でがん細胞の発生や増殖を促進してしまう恐れのあることです。美容目的で皮膚に投与する場合でも、皮膚から吸収されて全身に回ることを考えると、いくら効果があるものでも慎重に使用を考えた方がいいかと思います。更に研究が進めば、がん化に影響しないmiRNAを選択的に分泌するiPS、あるいは幹細胞培養法が確立されていくものと期待します。
犀星の杜クリニック六本木