DNA遺伝子修復治療
DNAのメチル化は、エピジェネティクスによって遺伝子の働きが制御されます。 不必要な遺伝子を働かせないようにして、それぞれの細胞をつくり出し、私たちのからだを正常に保つ働きをしています。 しかしながら、DNAのメチル化が異常を起こしますと、それぞれの細胞にとって必要な遺伝子の働きを阻害することや、抑制されなければならない遺伝子を促進してしまう場合が出てきます。 たとえば、がんの細胞を採取するとDNAのメチル化に異常があることが分かっています。がんは、がんを抑制する遺伝子の働きによって防がれているのですが、たとえば、メチル化の異常によってがん抑制遺伝子が働かなくなり、発がんするケースもあります。 このような場合は、エピジェネティクス状態を制御する薬剤によってDNAのメチル化を正常化することができれば、がんを治療することも可能になると考えられているのです。 がん細胞をリプログラミング(初期化)すると癌が治る? 遺伝子変異またはエピジェネティクス異常を修復すれば癌化を正常に戻す事ができると考えられます。 体細胞からiPS細胞へのリプログラミングと同様に癌細胞をリプログラミングすることで正常な細胞に戻すという概念が定着しています。 がん細胞であるマウスメラノーマ細胞をリプログラミングさせたという論文報告があり、他の研究チームからも、培養皿でヒト肝がん幹細胞に抗がん剤など2種類の化学物質を加えると、2日後、85~90%のがん細胞が正常の肝細胞になり、さらに2遺伝子と2種類の化学物質を加えてiPS細胞にリプログラミングさせ、正常な肝細胞に戻すことにも成功したと発表しています。 私どもは、すでにわかっている約2700種類のmiRNAの中で、がん細胞のiPS化を促進するmiR-520dを見出しました。メチル化関連酵素であるHAT1やKAT8の阻害作用を有する低分子化合物がこのmiR-520dの働きを高めることが判明しました。さらにこれらの化合物はがん抑制遺伝子であるp53遺伝子をアップレギュレートして、がんのアポトーシスを誘導することも認められています。当院ではこれらの化合物を投与して、がん細胞の脱メチル化とリプログラミングによるがん治療を提案しております。いくつかの臨床例ではがんに対する有効性が示唆されており、重篤な有害事象も報告されておりません。 このように遺伝子や化学物質を与えて細胞を正常に戻すリプログラミング療法は、がんや糖尿病の治療につながると期待されています。副作用がなく、難病も根治できる治療になるとして、大手製薬会社も開発に力を入れつつあると報道されています。 ただ問題点として、がん細胞が正常細胞にリプログラミングされたとしても、実際にがん治療を実現させるためには、培養皿中ではく、生体中のがん細胞を100%の効率で正常細胞へリプログラミングする必要があります。一般的に、画像検査で発見される早期がんでも1億個のがん細胞からなると考えられています。仮に99.9%の効率でがん細胞を正常細胞へリプログラミングできたとしても、10万個のがん細胞から再発することになるため、根治という観点からすると不十分であると言えます。 そこで、犀星の杜クリニック六本木ではこれらの低分子化合物を用いて、がん免疫療法が有効に作用するレベルである1000分の一までがんを縮小させ、残存したがん細胞をNK細胞療法やマクロファージ活性化療法などを併用してがんを治療する犀星の杜がん治療法を考案しました。特に進行した悪性度の高い未分化や低分化がんに威力を発揮することが期待されています。がん治療のセカンドオピニオンとしても活用していただけます。
2026.03.11
体性細胞の再生について
私たちの体はたくさんの種類の細胞(体細胞)によって形作られ,それらがもつ固有の機能が寄り集まって恒常性を維持しています.体細胞には寿命があり,役割を終えた細胞は新たな細胞に置き換えられます.そのスピードは組織によって異なっていて(表2).特に,肝臓では,肝細胞が障害を受けると細胞数が激減しますが,通常3日目から再生が始まり、3か月で約80%が修復され、残りが約半年から1年掛かって再生すると言われています.脂肪肝などで傷害を受けたあとの肝機能回復までには約1~3か月が目安とされています。一方,心臓を動かしている心筋や卵巣に含まれる生殖細胞の卵子は,生まれた後に増えません.このことは,あらゆる組織には,固有の特性をもつ細胞供給源があることを示しています.組織の中で生命活動の維持に必要な体細胞を供給している細胞を,体性幹細胞または組織性幹細胞といいます。現在、これらを用いて組織の再生を図る治療が行われています。組織再生の観点からすると、肝臓などは1回目の治療後3カ月目に肝再生の程度を判断して、2回目以降の治療を考慮するのが良いと思われます。
2026.02.10
iPS細胞の成り立ちとクローンについて
山中4因子 iPS細胞研究における最大の発見は,山中4因子と呼ばれる4つの遺伝子Oct4, Sox2, Klf4, cMycだけで,あらゆる体細胞が新たな多能性幹細胞(iPS細胞)になることを見出したことです。山中4因子により、メインスイッチが入って幹細胞の遺伝子発現制御機構が働き出すと,この外来性の山中4因子はもはや不要となり,体細胞だったときに眠っていた遺伝子群が活発に未分化性を維持するようになります.このように発生を巻き戻して未分化に戻す因子を,リプログラミング因子(再初期化因子)と呼びます。 ガードンの研究 ガードンの研究は、オタマジャクシの腸管の上皮細胞という、受精卵からかなり発生が進んで分化した体細胞の核を、核を取り除いた未受精卵に移植して、そこからもう一度オタマジャクシに発生させることに1962年に成功しました。腸の細胞をもう一度体中のすべての細胞をつくり個体を生み出せる状態に戻したので、これを体細胞のリプログラミング(再初期化)といいました。しかし、移植された核は、履歴を残したままですので、最初の受精卵の状態に戻せてはいません。完全に初めの状態に戻すリセット(初期化)とは異なります。 このガードンの方法で再初期化した細胞を用いると、元の細胞と同じ遺伝情報セットをもつクローンカエルが作れますが、「iPS細胞からはヒトのクローンは作れない」と言われています。厳密にいうとiPS細胞で卵子と精子を作り受精させて母体に入れれば、理論的に可能ることが必要ですが、その際減数分裂によって遺伝的な多様性が生まれるため、親と同一の遺伝子を持つクローンは生まれません。ただし、クローンに近い個体が誕生させることは可能で、しかもiPS細胞を経由することで、一度再初期化(リプログラミング)されるため、クローン特有の健康異常*が軽減される可能性はあります。 *:今まで報告されているものとして、胎盤早期剥離、肝臓がん、免疫系の異常があります。 iPS細胞からクローン iPS細胞には、元の体細胞(例えば皮膚細胞)の履歴(DNAメチル化、遺伝子の突然変異)が消えずに残っているため、自然な受精卵と異なり、遺伝子の履歴は完全に白紙にはなっていません。履歴を別の言い方をすれば、発生や分化ののちに染色体や細胞に起こる変化(エピジェネティックな変化)のことで、履歴は受精卵の時点ではないものなのです。元の細胞ごとにエピジェネティックな変化が異なる履歴として残るため、作製された個体はクローンには近いけれども、完璧なクローンではないのです。従って、用いるiPS細胞ごとにその履歴が異なってしまうため、iPS細胞を使ってクローンを作製することは非常に難しいのです。また、iPS細胞由来の個体では、体細胞核移植によるクローン個体のような異常が出ない(出にくい)理由が、世代を経るときに、精子や卵子を形成する段階ではじめて、元の個体の細胞の発生や分化で染色体に刻印された履歴が、全部消されるためです。もちろん体細胞突然変異などは消えませんが、いわゆる発生の履歴は、次の世代に受け渡すときには、いったん全部消される。その上で、遺伝子に刷り込みという新しいエピジェネティックな変化が起こり、オスとメスに特有な初期条件を整えます。体細胞核移植によるクローンの場合は、受精というプロセスをとばしてしまうので履歴が残ります。iPS細胞は世代を越えればリセットされ、異常は出ないかもしれませんが、リプログラミングのまま、再生組織を体に入れるた場合、どうなるかははっきりとわかっていません。以上の理由から、iPS細胞の作製はエピジェネティックな変化が蓄積されていない若い時に行うのがベストだと考えています。 iPS細胞のがん化の問題 iPS細胞で最も懸念される事項は再生組織を人体に移植したあと、以下の理由によりがん化する恐れがあることです。一つは細胞に導入した山中4因子のうち特にc-Mycがん遺伝子の再活性化が懸念されています。そこでc-Mycを除いた3因子ではiPS細胞の樹立効率が極端に減少(0.2%)(4因子でも1%以下と言われている)してしまう問題があります。現在は他の遺伝子を導入してみる、あるいは化学物質を調合して投与して2因子だけでiPS細胞を効率に樹立する方法が開発されつつあります。また、導入用ウイルスベクターによるゲノムへの遺伝子挿入時の傷ががん化の原因となることがありますので、傷を回避する方法としてプラスミドなどの染色体に残らないベクターを使用する方法やセンダイウイルスを利用する方法があります。センダイウイルスはRNAウイルスであるため細胞の核内に侵入せず、ゲノム(DNA)に組み込まれない(安全性が高い)ため遺伝子に傷がつきにくく、効率的な遺伝子導入が可能、そしてヒトに対する病原性がない利点があります。つまり、導入した遺伝子が一度作ったタンパク質が引き金となり、iPS化が進んでしまえば、導入した遺伝子はいらないと言えます。当院契約の細胞加工施設はこの方法を採用していますので、がん化の恐れは少ないと言えます。その他、考えられる危険因子として分化しきれなかった未分化のiPS細胞が最終製品に残っている場合、移植後に増殖して腫瘍になる可能性と一度分化させた細胞が何らかの条件で先祖帰り(iPS細胞に戻ってしまう)して腫瘍になる可能性があります。どちらの場合でも、移植した後も定期的に移植部位に腫瘍が発生していないかチェックすることで早期発見すれば、問題ないと考えます。
2026.02.10
がんと免疫
リンパ球細胞のなかでもがん細胞を殺すのはナチュラルキラー(NK)細胞とキラーT細胞の2種類ですが、他にも両者の中間的な細胞が存在します。当院で行っている免疫療法はNK細胞療法です。 NK細胞療法 がん細胞はMHC抗原の発現を低下あるいは消失して免疫逃避する性質があるので、MHC抗原による感作を不要なNK細胞は、直接的にがん細胞を見つけ出すと、その場で殺傷することができます。がん細胞に対する殺傷能力は高く、NK細胞の活性度が高いと短時間で殺傷することができます。 NKT細胞療法 NKT細胞はNK細胞とT細胞の両方の性質を持ち、どのような抗原を持つがん細胞でも殺傷します。他のリンパ球細胞に比べ細胞数が少ないので(リンパ球全体の0.1~0.01%)、培養に時間がかかり、しかも寿命が短かいため、何度も繰り返し治療することが必要です。最近はiPS細胞をNKT細胞に分化させ、大量に培養する研究が進んでいます NKT細胞標的治療 成分採血で採取した単球(樹状細胞の前駆細胞)を体外で培養して樹状細胞とした後、樹状細胞のCD1dという分子に糖脂質「α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)」を結合させて『α-GalCerを提示した樹状細胞(α-GalCer-DC)複合体』を作製し、それを体内に点滴で戻します。NKT細胞はこの複合体をinvariant T cell receptor という受容体で認識すると、NKT細胞が一斉に活性化し、インターフェロンγというサイトカインを多量に放出して、主にNK細胞やキラーT細胞(CD8+ T細胞)を呼び出してがん細胞への攻撃を強力に促します。 キラーT(CTL)細胞療法 がん細胞の殺傷力は持っているのですが、ヘルパーT細胞から指令を受けて初めて活動をはじめるという特性があります。そのまま活性化してもがん細胞を殺傷することはできません。殺傷すべきがん細胞を教え込ませれば殺傷できます。がん細胞を教え込む方法として、患者さん自身の腹水や胸水中にあるがん細胞を分離し、採血して集めたTリンパ球と混合し、抗CD3抗体とIL-2を添加して培養することで、がん細胞に特異的なCTLを増やし、体内に戻します。 その他の免疫細胞治療 『樹状細胞』 樹状細胞(Dendritic Cell=DC)とは、体内でがん細胞を直接攻撃するTリンパ球に、がんの目印(がん抗原)を教え、攻撃の指示を与える免疫細胞です。患者さんの血液から単球を分離し、培養すると樹状細胞に分化します。患者さんのがん組織をすりつぶして作製したエキス(がん細胞のタンパク質)を樹状細胞が貪食します。 樹状細胞には、がん細胞のタンパク質が取り込まれると、それが樹状細胞内で分解され、患者さんのがんの情報(抗原)として樹状細胞に記憶されます。すると樹状細胞は記憶した抗原を表面に目印として出します(抗原提示)。それを患者さんの体内に戻すことで、「目印」を頼りにがん細胞だけを集中的に攻撃するTリンパ球(細胞傷害性Tリンパ球)を効率よく誘導することができるのです。 こうした、がん攻撃の「司令塔」ともいえる樹状細胞を用いて、がんをより効率的に攻撃することを目的とする治療法を、樹状細胞ワクチン療法(DCワクチン療法)といいます。 『αβT細胞』 がんに対する攻撃力がもっとも強い細胞のひとつであるTリンパ球を抗CD3抗体とIL-2とともに培養活性化、増殖後に、体内に戻す治療法です。Tリンパ球の多くはαβT細胞であるため、この名前がついています。αβT細胞はがん細胞全般に対してMHC分子を介して提示されたがん抗原を認識し、攻撃する免疫細胞です。よってこの治療法は免疫細胞の働きを総合的に高める効果があります。本療法は早期がんから進行したケースまで幅広く適用されますが、特に近年では、抗がん剤と併用することで、患者さんの体力や体調を良い状態で維持し、がんと闘う力を高める目的や、手術後の再発予防を目的とした使い方で、より効果を発揮しやすいと考えられています。 『γ/δT細胞』 Tリンパ球中に数%しか含まれていないγδT細胞を活性化、増殖させ、体内に戻す治療法です。γδT細胞は、がん細胞など異常な細胞全般を多様な方法で認識して攻撃する免疫細胞で、特に一部の抗体医薬や、骨腫瘍・骨転移治療薬のゾレドロン酸を使っている場合などに、併用することで相乗効果が期待できます。
2026.02.10
NKT細胞標的治療とは?NK細胞療法との違い
NKT細胞療法の問題点 NKT細胞は、体内に非常に少数しか存在しない細胞です。通常、血液中のT細胞の約0.1%未満がNKT細胞であるため、十分な数の細胞を集めること自体が困難です。このため、体外で大量に増殖させる必要がありますが、最初に得られるNKT細胞の数が少ないことが大きな制約となります。また、一般的なT細胞に比べて、NKT細胞は培養中の増殖速度が遅いことがあります。増殖が遅いと、治療に必要な細胞数を確保するまでに時間がかかるため、効率的な培養が難しくなります。 NKT細胞を長期間培養すると、細胞の特性や機能が失われる可能性があります。特に、NKT細胞の特異的な抗原認識能力や免疫調節機能が弱まると、治療効果が低下するリスクがあります。この問題を解決するためにiPS細胞をNKT細胞に分化させ増やす試みがなされていますが、他家のiPS細胞を用いますので、現段階では法律的に制限があり、限られた施設での治験にとどまっています。そこで、見方を変えて、体内のNKT細胞を樹状細胞に抗原提示させて教育する方法が考案されました。 NKT細胞標的治療 患者さんの血液から成分採血で採取した単球(樹状細胞の前駆細胞)を体外で培養して樹状細胞とした後、樹状細胞のCD1dという分子に糖脂質「α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)」を結合させて『α-GalCerを提示した樹状細胞(α-GalCer-DC)複合体』を作製し、それを体内に点滴で戻します。するとNKT細胞はこの複合体をinvariant T cell receptor という受容体で認識すると、NKT細胞が一斉に活性化し、インターフェロンγというサイトカインを多量に放出して、主にNK細胞(自然免疫)やキラーT細胞(CD8+ T細胞)(獲得免疫)を呼び出してがん細胞への攻撃を強力に促します。活性化した NKT細胞もがん細胞を攻撃しますが、体内に存在する量が少ないことから、直接的な細胞障害活性は限定的です。更に活性化された免疫細胞の一部は記憶細胞(メモリーT細胞など)となり体内に残り、長期的な免疫記憶を形成してがんの再発・転移を予防します。その他にがんによって機能が低下している樹状細胞を成熟させ、免疫抑制状態を改善します。 NK細胞とNKT細胞の主な違いは、NK細胞は自然免疫に属し、がん細胞などをMHC非依存的に直接攻撃するのに対し、NKT細胞はT細胞とNK細胞の両方の性質を持ち、MHC分子(CD1d)を介して脂質抗原を認識し、強力な免疫調整(サイトカイン産生)と直接攻撃の両方を行うところです。以下に相違点を表で示します。 NK細胞とNKT細胞療法の違い 特徴 NK細胞 NKT細胞 分類 自然免疫(第3のリンパ球) 自然免疫+獲得免疫の両方(第4のリンパ球) 認識方法 特定の目印(抗原)を必要とせず、異常な細胞を直接認識 糖脂質抗原(CD1d分子上)を認識 役割 ウイルス感染細胞やがん細胞への初期防御 免疫の司令塔として他の免疫細胞を活性化 免疫記憶 基本的に持たない(寿命は1〜2週間と短い) 長期免疫記憶を持ち、持続的な効果を発揮
2026.01.13
自己iPS細胞を作っておくメリット
DNA損傷は皮膚細胞においては30~40代ですでに始まっており、老化細胞が蓄積されると言われています。脳組織においては40歳以降でDNA損傷の増加が示唆されています。50歳以降ではがんの罹患率が増えることがわかっています。がん遺伝子の変異の蓄積でがんが生じるからです。これらの事象を考慮しますと、少なくとも50歳までに自身のiPS細胞を作製することが望ましいと考えられます。iPS細胞を作製して細胞が若返ったとしても、DNA損傷は回復できないからです。 ただし、50歳以降でiPS細胞を作製することが意味が無いというわけではありません。iPS細胞の作製は細胞をリプログラミング(山中因子を遺伝子導入)して、細胞を若返らせることです。細胞分裂を繰り返し短くなったテロメアの長さをもとの長さに戻すことで、様々な分化する能力を持つ細胞に変化します。分化させた心筋細胞は自身の若い時の(病気になる前)心筋細胞ですので、心機能は回復します(若返ります)。元は自身の細胞なので、分化させた細胞や作製した組織(オルガノイド)を移植しても拒絶反応は起こらず、生着します。現在、他人の臓器を移植する方法しかないので、拒絶反応を抑制するために免疫抑制剤を使用せねばならず、患者さんはその副作用によって苦しんでいます。iPS細胞による臓器再生が安全にできるようになれば、夢の再生医療が到来します。心臓だけではなく、治療が困難な肝臓、腎臓、肺、脳などの疾患にも適用されます。今のところ、iPS細胞で再生された組織の移植は、網膜組織以外では認可されていませんが、あと20年もすれば(もっと早いかもしれません)可能になるでしょう。 では、それまでiPS細胞を作製しても無駄でしょうか。いいえ、iPS細胞の培養上清液(エクソソーム)は、他家のiPSエクソソームを使ったデータで、脱毛症やインスリン抵抗性糖尿病の患者さんに有効であるという報告が散見されるようになっていますので、当面はエクソソームを用いた治療を行って参ります。
2026.01.13
膝関節疾患に対する再生医療の適応について
膝半月板損傷・断裂の疫学 世界的に見ますと、一般開業医を受診する半月板損傷の発生率は、年間1,000人中2人と推定されています (Belo et al. 2010)。日本人では、元々半月板が損傷しやすい円板状の人が多く、発生頻度は20~30人に1人程度と推定されています。関節内の軟骨や半月板を損傷して発症するのが変形性関節症、日本では通院している患者数だけで約800万人いると推定されていますが、通院していない潜在的患者さんを含めると2000万人を超えるという調査結果もあるほどです。 膝関節軟骨損傷の疫学 変形性膝関節症における関節軟骨損傷の合併頻度について、具体的な数値を示すのは難しいですが、変形性膝関節症の進行に伴い、関節軟骨の損傷はほぼ必ずと言って良いほど合併します。特に、初期の段階から関節軟骨の摩耗や変性が認められ、進行するにつれて軟骨の欠損や骨棘の形成などがみられます。また、外傷性軟骨損傷の潜在患者数は、米国で年間約50万人、日本では年間約1.3~1.6万人と推定されています。 バイオセラピー 損傷の程度が軽度でも、痛みの症状がヒアルロン酸の関節腔内注射を繰り返しても改善しない方に良い適応と考えます。以下の治療は自己血のサイトカインを用いて行うもので、主に局所投与します。 (濃縮)乾燥凍結血小板由来因子(PFC-FD)を用いた治療法 含有される主な因子: PDGF(血小板由来成長因子)細胞の増殖、分化、遊走、生存を制御する TGFβ(形成転換成長因子)血管網の発達した軟骨組織の形成を誘導する bFGF(線維芽細胞増殖因子)線維芽細胞や血管平滑筋細胞の増殖を促進する EGF(上皮細胞増殖因子)毛母細胞の活性化や細胞分裂を促す 濃縮乾燥凍結血漿由来因子(PDF-FC)を用いた治療法 含有される主な因子:PFC-FDとの違いは血漿を用いるため上記のサイトカインに加え、以下の3種類のサイトカインを含むため、炎症を抑える作用が期待できます。 HGF(肝細胞増殖因子)組織の再生や修復 IGF-1(インスリン様成長因子1)成長ホルモン様作用 IL-1Ra(インターロイキン1受容体拮抗因子)抗炎症作用 対象疾患 両者ともに関節疾患のみならず以下の疾患に適応があります。 スポーツ:テニス肘、ゴルフ肘、アキレス腱炎、靭帯損傷、骨折などの治療 関節症:変形性膝関節症、半月板損傷、膝靱帯損傷、鵞足炎、ランナー膝、ジャンパー膝 変形性肩関節症、肩関節唇損傷、五十肩、凍結肩、腱板損傷 変形性股関節症 その他:腰痛症、仙腸関節炎、手根管症候群、CM関節症、腱鞘炎、足底筋膜炎、足関節捻挫、腱板損傷、不妊治療など 皮膚症状:難治性潰瘍、褥瘡、重度火傷、薄毛治療など 脂肪幹細胞治療 自己の脂肪組織より抽出した幹細胞を培養して3000万から1億個まで増やし、膝関節腔内に局所投与する治療法です。幹細胞が産生する増殖因子や抗炎症性サイトカインにより、関節の半月板や軟骨の再生を図ります。 膝半月板断裂に対する自己脂肪幹細胞治療 膝の半月板断裂は放置しておくとほぼ全例、変形性膝関節症に進展し、将来的に人工関節置換術の適応となります。断裂した半月板を早期に切除する鏡視下手術もありますが、将来予後は不良と言われています。ただし、半月板断裂のタイプによっては、自己脂肪幹細胞治療の適応のあることがありますので、膝関節MRI検査によって、診断ができれば、治療の可能性が出てくるものと思われます。 半月板損傷タイプ別の幹細胞治療適応基準(○:適応、△:検討の余地あり、✕:適応外) 膝関節軟骨損傷に対する自己脂肪幹細胞、濃縮乾燥凍結血漿由来因子併用療法 関節軟骨は下図、黄色で示した部分に存在します。半月板は線維軟骨、関節軟骨は硝子軟骨でできています。軟骨細胞が損傷を受けると粘液の産生が減り、上下の関節面の摩擦が大きくなり、関節損傷が更に進行します。 関節軟骨の損傷部位の再生には、軟骨細胞が必要となります。脂肪幹細胞はそれだけでは、軟骨細胞に分化しませんが、TGFβ(形質転換増殖因子)を加えるとII型コラーゲンを産生する軟骨細胞に分化することが知られています。この幹細胞の性質を利用し、難治とされる関節軟骨損傷を治療します。TGFβは幹細胞自身も産生しますが、より高濃度にTGFβを供給するために、私どもは濃縮乾燥凍結血漿由来因子を用います。従来の脂肪幹細胞のみの投与と比べ、軟骨再生を期待できると考えております。
2025.07.08
コラム 幹細胞培養上清液からエクソソームまで
幹細胞は、周囲の細胞と同調したり、細胞の何らかの動きを誘導したりするために様々な物質を細胞外に分泌します。この物質には、生体防御に重要なサイトカイン、細胞の成長を促し、条件によっては分化誘導も行う成長因子(Growth factor)が含まれており、このうちのいくつかは健康維持に重要な物質であるため、幹細胞の分泌物が様々な形で利用されています。この分泌物の中に、エクソソーム(またはエキソソーム、Exosome)と呼ばれるものがあります。 1. エクソソームとは? エクソソームの研究はそれほど古くなく、1980年代に発見され、エクソソームと名付けられました。エクソソームは、物質単体でできているものではありません。小胞と呼ばれる膜に包まれた輸送体です。幹細胞は、物質をそのまま分泌する場合もありますが、このエクソソームの中に分泌する物質を封じ込めて分泌するケースもあります。以下にエクソソームがどのようにして幹細胞から分泌され、標的細胞にどのように取り込まれるかを図示します。 エクソソームは細胞内で分泌したい物質が膜に包まれて小胞を形成し、内側から細胞膜に近づきます。そして細胞膜から小胞ごと排出され、この物質を受け取る側の細胞は小胞をそのまま細胞内へと取り込みます。生体内では細胞間のシグナル伝達に重要なこのメカニズムですが、人工的な培養細胞でもこのメカニズムは稼働しており、培養幹細胞から培養液中にエクソソームが放出されます。最近、医療などによく使われる幹細胞培養上清液は、まず幹細胞を培養した培養液を回収しますが、このエクソソームも当然培養液には含まれています。 2. エクソソームの中には何が入っているのか? エクソソームの直径は30 nmから150 nmで、このサイズにおさまるのであれば理論的には何でも細胞外に排出、つまり分泌させることができます。エクソソームが輸送する物質は主に核酸(マイクロRNA(miRNA),メッセンジャーRNA(mRNA))タンパク質、サイトカイン等多岐にわたります。核酸が含まれているので細胞間の情報伝達に重要な働きをしていると考えられています。特に間葉系幹細胞から分泌されるエクソソームの中には、miRNAが多く封じ込められています。 3. miRNAとは? miRNAの歴史は浅く、1993年に発見されています。miRNAは普通のRNAより短かく、タンパク質へ翻訳されません。従って、最初のころは重要な役割はなく、ガラクタと考えられていました。しかし、アメリカの科学者が、miRNAがRNAに結合することにより、タンパク質合成を調整し、細胞の分化、増殖、アポトーシスなどの生命現象に深くかかわることを発見し、2024年にノーベル賞を受賞したのです。 4. miRNAは有益な作用だけではない その後、miRNAの研究は進み、その役割は、人体に有益な作用だけではないことがわかってきました。現在までに2千数百種類のmiRNAが発見されそれぞれの働きが徐々に解明されてきています。実はmiRNAはがん、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、心血管疾患、そして精神疾患など、多くの疾患の発症と進行に関わっていることが想定されています。特に、細胞のがん化とmiRNAの関連については盛んに研究されています。これらの研究によって、miRNAはがんに対して、「がん化、がんの進行、がんの悪性化」に作用する種類のものと、「がん化の抑制」に作用する種類のもの、正の制御、負の制御両方に作用することがわかってきましたが、miRNAは種類によって、この区別が何によって行われているかについてはさらなる研究が待たれています。 5. 幹細胞培養上清液とエクソソームの相違について 現時点で、幹細胞培養上清液からエクソソームを単離する方法で最も確実なのは超遠心分離法ですが、この方法でも培養上清液を完全に除去しきれません。ちまたで使用されているエクソソーム点滴は培養上清液からサイトカイン等をできるだけ除去し、濃縮したものです。しかしながら、エクソソームにも本来サイトカインが含まれていますので、完全に取り除くことは困難です。サイトカインを夾雑物として、悪いものと考えている施設がありますが、私はむしろ細胞の活動に直接働きかけるサイトカインがある程度入っていた方が、治療効果を感じやすいと思っています。若い成人女性の幹細胞から分泌されるサイトカインは生命の活性を促し、病気になりにくい効果がありますので、少なくとも50代、60代の方にとっては若返りの効果が期待できるのではないでしょうか。以上のことから、エクソソームは培養上清液と同等に扱うことができるものと認識しても良さそうです。従って、当院はエクソソーム含有濃縮培養上清液として使用しております。 6. 幹細胞培養上清内のエクソソームは大丈夫なのか? 「エクソソームから放出されるmiRNAが安全なものか」に言い換えられると思います。これに関しては現段階でははっきりした見解が得られていません。なぜなら、がんの発生や増殖進展を促してしまうmiRNAが実在しているからです。miRNAは幹細胞から放出されますので、用いる幹細胞の性質に左右されますが、幹細胞がいいmiRNAを作るように差し向ければいいのです。当院では幹細胞の培養方法を工夫し、がん細胞の増殖に影響を与えない培養条件で上清液を作製したものを使用しております。ここで注意しなければいけないのは、不死化遺伝子を導入する、あるいはiPS化するなど遺伝子操作をしますと、導入した遺伝子の影響でがん細胞の発生や増殖を促進してしまう恐れのあることです。美容目的で皮膚に投与する場合でも、皮膚から吸収されて全身に回ることを考えると、いくら効果があるものでも慎重に使用を考えた方がいいかと思います。更に研究が進めば、がん化に影響しないmiRNAを選択的に分泌するiPS、あるいは幹細胞培養法が確立されていくものと期待します。
2025.06.12
ゴールデンウィーク中の休診について
4月28日、月曜の犀星の杜クリニック六本木の診療は休診とさせていただきます。電話は通じますので、何かお問い合わせがありましたら、どうぞご連絡ください。宜しくお願い致します。
2025.04.22
間葉系幹細胞移植後の時系列体内動態、予後について
幹細胞療法は、その強力な分化能力により、エイジングケアや疾患治療において大きな注目を集めています。 「幹細胞を1回注射すれば10歳若返れる」「幹細胞は全身の臓器を修復できる」といった主張が広く流布されていますが、実際はどうなのか誰もが疑問に思わずにはいられません。幹細胞を投与した後、体に一体何が起こるのでしょうか?点滴初日から1年の間に、身体はどのような驚くべき変化を経験するのでしょうか?現在までに想定されている話をします(引用元 SCテクノロジースター)。 まず、幹細胞及び幹細胞療法の定義を振り返ってみますと、幹細胞は自己複製と多方向分化の可能性を持ち、さまざまな細胞に分化することができる能力を持っているもので、健康な幹細胞を患者の体内に移植することで、これらの幹細胞は損傷した組織に移動し、必要な細胞に分化し、損傷した細胞や組織を修復または置き換え、それによって病気を治療し、身体機能を改善し、抗老化効果をもたらすと考えられています。 幹細胞投与初日 幹細胞は静脈を通じて人体に注入されると、血液循環とともに全身に循環します。 0~6時間後: 幹細胞の約60%が「ホーミング効果」に基づいて肝臓、心臓、関節などの損傷した臓器に優先的に集まり、残りの幹細胞は肺や脾臓などの「中継ステーション」に一時的に留まると考えられています。 ※最近の研究では、投与した幹細胞のほとんどが肺にトラップされ、数パーセントの幹細胞がホーミング効果を示すと考える報告もあります。 6 ~ 24 時間後: 幹細胞は損傷した細胞を直接置き換えるのではなく、VEGF や FGF などのサイトカインを分泌して周囲の組織に「修復シグナル」を送ります。細胞の代謝が促進されるため、少し疲れを感じる人もいます。免疫力が弱っている人は、免疫システムが活性化している兆候として、一時的に微熱が出ることがあります。 約1週間後 この時点で、幹細胞は人間の代謝システムに深く関与し、修復作業を開始します。 代謝:幹細胞は細胞レベルで「解毒」を促進することができます。例えば、線維芽細胞を活性化し、コラーゲンの生成を促進し、肌のくすみを軽減します。炎症因子TNF-αとIL-6の分泌を抑制し、慢性疼痛患者の関節のこわばりを軽減します。 免疫調節:幹細胞は体の「防御システム」を再起動します。幹細胞による視床下部-下垂体系の調節により、健康状態が不良な人々の睡眠の質とエネルギーが改善されます。ただし、この段階では、幹細胞の機能の妨げを防ぐために、過度な運動や夜更かしは避けなければなりません。 約1ヶ月後 30日後、幹細胞の分化と傍分泌効果がピークに達し、体に大きな変化が起こります。 細胞や組織レベルでは、アルコール性肝疾患や脂肪肝患者の肝細胞の再生を促進したり、トランスアミナーゼ指標を低下させるなど、臓器の修復効果があります。血管内皮増殖因子は心筋虚血患者の側副血行を促進し、運動耐容能を改善します。記憶力を向上させるためのBDNF(神経栄養因子)を分泌します。 真皮のコラーゲン密度が15%~30%増加するなど、肉眼で確認できる変化も多く、シワが薄くなり、毛穴が引き締まり、肌全体の状態が改善され、「顔色が良くなる」ようになります。 1年後 この時点で幹細胞は主な役割を終えていますが、依然として永続的な影響を及ぼしています。 病気の再発率は大幅に減少し、老化指標も「逆転」傾向を示した。研究により、幹細胞投与後、体内の白血球のテロメアの平均長さが5%~8%延長され、細胞の老化の遅延兆候が確認されています。筋肉生検では、ATP (エネルギー)生成効率が 12% – 15% 増加したことが示されています。 それでは実際に、幹細胞治療を受けた後、結果が現れるまでにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。具体的な例を示して行きたいと思います。 その前に間葉系幹細胞を理解する必要があります。 間葉系幹細胞は自己複製能力を持つ特殊なタイプの細胞です。骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞など、さまざまな種類の細胞に分化することができます。この特性により、医療分野ではさまざまな病気の治療に使用されています。 間葉系幹細胞の治療原理には、主に次の 2 つの側面が含まれます。 1. 損傷した組織や臓器を修復するために特定の細胞に分化することができる 2. 免疫調節機能があり、過剰な免疫反応を抑制し、炎症を軽減する。 従って、幹細胞療法の有効性に影響を与える要因には以下のものが考えられます。 1、病気の種類 治療効果や効果が現れるまでの時間は病気によって大きく異なります。 変形性関節症のような局所性疾患の場合、患者は通常、治療後数週間から数か月以内に関節可動域の改善と痛みの軽減に気づきます。 糖尿病患者の場合、幹細胞治療を受けてから約2〜3か月で血糖コントロールが改善する可能性があります。 慢性閉塞性肺疾患、慢性腎不全、肝硬変、免疫系疾患、早発卵巣不全、勃起不全などの疾患の場合、初期効果は2~5か月で現れることが多いと言われています。 パーキンソン病や脳梗塞の後遺症などの神経疾患は、神経の修復過程が遅いため、明らかな結果が現れるまでに数か月、あるいはそれ以上かかることがよくあります。 2、患者間の個人差 患者の年齢、免疫システムの健康状態、病気の重症度によって、治療の効果が現れるまでにかかる時間が変わります。 若い患者さんは組織再生能力が強く、比較的早く回復します。免疫系が健康な患者の場合、幹細胞移植と修復はより効果的であり、結果が現れるまでの時間も短縮されることが予想されます。 3、幹細胞治療プログラム 治療計画が異なれば、効果も時期によって変わります。 1 回の幹細胞注射の効果はゆっくりと現れる可能性があります。複数回の注射により修復プロセスをスピードアップできます。また、治療方法も影響します。たとえば、直接幹細胞注射のみを受ける患者もいれば、理学療法、薬物療法を組み合わせる患者さんもいます。これらの要因によって効果が現れる時期が変わります。 さらに、適切な食事、適切な運動、十分な休息などの良い生活習慣を維持することで、幹細胞療法の効果が早く現れるようになります。逆に、不健康な生活習慣は効果を遅らせる可能性があります。 細胞の有効性の期間 研究と臨床経験に基づくと、幹細胞療法が結果を出すまでにかかる時間は、一般的におおよそ次のようなイメージになります。 特に関節疾患や軟部組織損傷のある患者の場合、1~3 か月以内に大幅な改善が見られる場合があります。糖尿病や心臓病などの病気の場合、約2〜5か月で顕著な結果が見られる可能性があります。神経疾患や重度の臓器障害の場合、顕著な結果が出るまでに 4 ~ 6 か月、あるいはそれ以上かかることもあります。 最後に 幹細胞療法の有効性は多くの要因によって左右され、患者さんごとに異なります。幹細胞治療を検討する前に、患者さんは専門の医師と十分にコミュニケーションを取り、治療の期待値と起こり得るリスクを十分に理解し、科学的かつ合理的な決定を下す必要があります。
2025.04.01
