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ご高齢の方の再生医療をどう考えるか
70歳を過ぎた方には、幹細胞治療よりも幹細胞培養上清液治療をお勧めします。自身の幹細胞の活性が高ければ、サイトカイン等を産生する能力が高く、治療効果を期待しやすいと考えられますが、活性が低い場合は効果が薄いと思われます。幹細胞を培養した際、増殖速度が遅い、細胞の動きが弱いなどの所見が見られた場合、細胞活性が低いと予想できますが、培養する事前には予想が付きません。手間隙をかけて効果が薄いのでは、その間に病状も進行してしまう恐れがあります。今では疾患に相性の良い様々な上清液が開発され、手に入りやすくなっています。治療効果持続期間は大体2~3ヶ月と言われています。疾患に合わせた上清液を選択し、適量を投与して治療されることを推奨します。幹細胞治療対象疾患より、より広範囲の疾患に対応できるのも魅力です。是非、ご検討してみてください。
2024.07.08
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点滴した培養幹細胞は体内のどこに行って、どう効いているのか
再生医療の要と言われている幹細胞治療。一番、知りたいのはどのような効果がどれくらい続くのかというところではないでしょうか。幹細胞は様々な細胞に分化する能力と分裂増殖してもいつまでも未分化能を維持している細胞です。ですから、障害を受けて組織に幹細胞が集まり修復してくれるのが一番いいのですが、脂肪由来の培養された幹細胞は遊走能がなく、ほとんどが肺の毛細血管を通り超えられず、肺に留まってしまうのです。ただし、幹細胞は留まった場所で生存し続け、サイトカインやエクソソームを分泌し続けて効果を発揮すると考えられています。分泌されたサイトカインやエクソソームが障害組織を再生し、周囲の幹細胞を活性化することで、効果が持続します。役目を終えた幹細胞はやがて、アポトーシスを起こしてその際にも大量のサイトカインやエクソソームが放出されます。効果持続期間は2~3年と考えられています(個人差はあります)。世界中で行われている治験では、脳梗塞後遺症、肝硬変、潰瘍性大腸炎やクローン病、そして慢性閉塞性肺疾患(主に肺気腫)や新型コロナ感染後の後遺症(間質性肺炎、ブレインフォグなど)に効果があると報告されています。幹細胞は年齢とともに機能が低下し、幹細胞の増殖力も落ちてきますので、65歳から70歳くらいまでが幹細胞治療の限界かんと考えています。
2024.07.08
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N-NOSE検査を受けてみて
当院で実施しているN-NOSE早期がんスクリーニングテストを私も受けてみました。15種の方でしたが、判定はCでした。A~Cは半年から1年の間隔で定期検査を行うことが推奨されています。私はお正月前にもう一度受けます。Cまではがんのリスクはほとんど変わらないぐらいですが、Dになると格段に跳ね上がります。D以上が出た方は、DWIBS全身MRI検査と肺CT検査を受けて頂きます。消化器系の精査も当院で可能です。場合によっては、その後協力総合病院にて精査を受けていただきます。特に膵臓系は診断が困難なため、紹介させていただきます。保険診療の範囲内でできるものとできないものがあり、スタッフに相談いただいております。因みに尿中マイクロRNAがんスクリーニングテストというものもありますが、今のところ、N-NOSE検査の方が、データ数が多く論文も多く出されていますが、データが更にアップデイトされれば、将来的には当院も考慮していきたいと考えております。
2024.06.13
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日本における変形性股関節症と再生医療
変形性股関節症とは何らかの原因で股関節の内側の軟骨がいたみ、すり減ってしまう病気をいいます。最初は立ち上がりや歩き始めに足の付け根が痛い、長時間の立ち仕事で重だるい痛みを感じるようになり、進行すると痛みは股関節だけではなく太ももや臀部、膝に感じるようになります。股関節周囲の筋肉が硬くこわばって、関節の可動域が狭くなってくるので、「靴下がはきにくくなった」「足の爪が切りにくくなった」「あぐらがかきにくくなった」などの症状が出てきます。可動域が狭くなるので、左右に揺れて歩くというのもこの病気の特徴です。 発症年齢は40〜50歳代の女性に多く、男性の7倍ともいわれています。変形性股関節症の有病率(病気をしている人の人口に対する割合)は、1.0~4.3%と言われており、これを国内の人口で換算すると、およそ120万~540万人にも上ります。原因の多くは小児期の先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全(股関節の骨盤側の受け皿が浅い)の後遺症として発症しますが(二次性変形性股関節症)、小児期に自覚症状がないまま、高齢成人になってから発症する場合もあります。それに対し、加齢や超過した体重により関節軟骨が少しずつ減少して発症する一次性変形性股関節症が約1割あるとされています。 変形性股関節症はX線所見により重症度が4段階に分類されます。軽症例は保存的治療(免荷、リハビリなど)で、重症例は手術的治療の対象となりますが、中等症に対しては今まで、薬物療法が主となってきました。しかし、薬の副作用や耐性の問題で長期間治療が続けられない方たちは、止む無く手術的治療を選択せざるを得ませんでした。 3年前、変形性股関節症にもヒアルロン酸注射が認められるようになり、消炎鎮痛剤と混合した注射製剤も開発されましたが、アナフィラキシーショックの副作用の問題があり、普及していないのが現状です。そこで、変形性膝関節症で行われていた再生医療であるPRP療法やPFC-FD療法が変形性股関節症にも応用され、一定の効果が報告されるようになりました。これらの再生医療は自己の血液を元に作製されるもので、その安全性は確約済みのものですので、安心して治療が受けられるのが最大のメリットです。 当院では令和6年の6月より、股関節の患者さんにもPFC-FD療法を実施する体制を整えました。当面の適応条件として①CE角が15度以上、②円靭帯の部分断裂が無い、③関節唇が肥大していないことを満たした患者さんで施術しております。適応判断のため、X線とMRI検査は必須としております。しっかりと施術前検査を行い評価し、適切な医療を患者さんに提供することを意識して診療しております。 治療法はPFC-FDが2回分作製されますので、1回目の注射をしてから2週間ぐらいしてから、2回目の注射を行います。その後1週間してから、リハビリテーションを3か月から6か月継続します。その後、MRI検査により治療効果を検証します。様々な不安や疑問に対応するよう、準備しておりますので、どうぞ、いつでも気楽にご相談ください。 PFC-FD治療を受けられた変形性股関節症の方の自分でできるリハビリーション(股関節を鍛える運動・ストテレッチ) 変形性股関節症のPFC-FD治療後の筋肉トレーニングをご紹介します。まず、急な筋肉トレーニングはかえって関節や筋肉を痛める原因となりますので、必ず先にストレッチを行ってほぐしてから、筋肉トレーニングをするようにしましょう。また、過度に負荷をかけることは、治療後経過を悪化させる危険性があります。ストレッチや筋トレは痛くない範囲で行い、股関節の痛みが強いときは無理に行わないように注意しましょう。セルフケア中に痛みなど症状が現れたり悪化したりするときは、すぐに中止して、速やかに当院の診察を受けるようにしてください。 股関節の動きをよくするストレッチ 太もも前面を伸ばすストレッチ(左右30秒×3セット) ① 壁に正面を向けて立つ ② 片手で壁に手をついて、体を支える ③ 反対側の足を曲げて、足首を持つ 股関節とお尻を伸ばすストレッチ(左右30秒×3セット) ① 仰向けに寝る ② 片ひざを抱え胸の方に引き寄せる 太ももの内側を伸ばすストレッチ(30秒×3回) ① 足を開いて座り(開脚)、手はそれぞれ太ももの上に乗せる(※手を体の前に出しても可) ② 手をつま先の方に滑らせるようにして、上半身を前に倒す 股関節周辺の筋肉トレーニング 太もも前面の筋肉(大腿四頭筋)を鍛えるトレーニング(左右10回×3セット) ① 仰向けに寝て、両膝を直角になるように曲げる ② 片膝だけ伸ばして、上に上げられるところまでゆっくりと上げて、8秒静止する ③ ゆっくりと足を下ろす ※イスに座って行っても良い お尻と太もも裏(ハムストリングス)を鍛えるトレーニング(10回×3セット) ① 仰向けに寝て、足を肩幅に広げて、膝を立てる(手は体の横に置く) ② ゆっくりと腰を床から上げ、上げられるところまで上げたら8秒静止する ※息を止めると血圧が上がりやすいので、普通に呼吸をしながら行いましょう! ③ ゆっくりと腰を下ろす お尻の横の筋肉(中殿筋)を鍛えるトレーニング(10回×3セット) ① 床に肩幅程度足を拡げて立つ ② 足首の上で運動用のゴムバンド(なければ、ベルトで代用可)を少し緩めに(少し遊びがあるように)巻く ③ 足を左右同時に外側へ開く ④ 開けるところまで開いたら、8秒静止 ⑤ ゆっくりと足を閉じる
2024.06.10
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認知症及びサルコペニア(筋肉減少症)検診の勧め
まだ、認知症に至っていない早期認知障害や最近、増加傾向にあるサルコペニアは血液検査(自費)により、早い段階で診断できるようになりました。早い段階であれば、進行しないうちに予防治療(自費)が可能となります。健康寿命を長く保つための画期的医療の誕生です。ご関心のある方は犀星の杜クリニック六本木までお問い合わせください。丁寧に対応します。
2024.05.31
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股関節腔内注射の開始
当院では変形性膝関節症に対する血小板由来成長因子の関節腔内注射治療(自費診療)を行ってきましたが、6月より変形性股関節症の方にも本治療を開始しました。今まで、股関節症の方の治療法は無いに等しく、股関節症でお悩みの患者さんには朗報とも言えます。お困りの方は是非、ご相談ください。お待ちしております。
2024.05.31
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健常者から膵がん、肝がんの患者さんを判別する検診があります
現代医学において、がんの早期診断は最重要課題です。なぜなら、早期がんでは進行がんの治療のように過大な手術や高額な化学療法、放射線療法などが必要ないため、患者負担が少なく、かつ医療費を節減できること、そして治療成績が飛躍的に向上するメリットなどがあります。胃がんや大腸がんは高度な内視鏡技術を用いて、かなりな部分早期診断が可能となってきましたが、その他のがんに関しては未だに早期発見する手立てに乏しいと言わざるを得ない状況です。その中でも、特に膵がんや肝がんはあらゆる血液マーカーや画像診断技術を総動員しても、早期発見が困難であります。これらのがんはひとたび進行がんで見つかると致命率が高く、唯一、助かる方法は早期発見して早期に取り除くことのみであります。 1989年にイギリスで犬が飼い主の悪性黒色腫を知らせたという報告があったのをきっかけに、まず犬ががんの匂いを嗅ぎ分けるのではないかという研究が始まりました。犬の嗅覚受容体遺伝子は811個とヒトの396個の倍以上ありますが、犬はトレーニングに時間がかかる点、個体差や環境で結果が変化しやすい点、などが原因で普及を困難にさせているため、代わりになるものとして、線虫に目が向けられたのです。線虫の嗅覚受容機構は哺乳類に類似しており、受容体の数も約1200個と3倍多く、また線虫人口培養においてもクローンを保て安いので、性質が安定していて、結果が再現しやすいというメリットがあります。 2015年、九州大学味覚・嗅覚センサー開発センターの広津崇亮(現(株)HIROTSU バイオサイエンス社長)らががん細胞の培養上清液を用いて、線虫の走化性があることを確認したのち、ヒト血漿と尿を用いて検証したところ、早期がん、進行がんに関わらず10倍希釈の尿に最も線虫が反応したことを見出し、この結果が後のN-NOSEの開発に繋がりました。 線虫が反応するがん特有の匂いの正体は現在、解析中でまだ解明されてないそうですが、がん細胞のメタボローム(代謝物)のうち、揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds(VOCs))ががん患者さんの呼気や尿に表れることに注目しています。尿での研究はまだ少なく、肺がんでは2-Pentanoneが知られているに過ぎません。本検査ではがん腫の種類を同定できず、15種類(胃がん大腸がん肺がん乳がん子宮がんすい臓がん肝臓がん前立腺がん食道がん卵巣がん胆管がん胆のうがん膀胱がん腎臓がん口腔・咽頭がん)のがん腫が出す共通の匂いに反応することがわかっています。一つ一つのがん腫の出すVOCsが判明すれば、がん腫の診断が可能となり精度も増すことでしょう。一方、最近、開発された膵がんや肝がんの診断キットはこれらのがん腫だけに反応しない変異株を遺伝子改変でそれぞれ作製し、野生株で陽性となった検体で変異株が反応しなければ、そのがんであると診断するものです。15種類のがんでそれぞれ作製すれば、がん腫の特定がなされるということです。 実際のN-NOSE検査の精度を直近で見ますと、がんの患者さんをがんと診断する感度が86.5%、がんでない患者さんをがんでないと診断する特異度が90.8%となっております。ただし、健常者と思われる方でのがん発見率、あるいは誤診率の検証は未だなされていません。スクリーニング検査としての完成度を上げるためには必要と思われますが、がん検診を受診するきっかけになることは間違いありません。日本は先進国のなかで、がん検診受診率が20%程度と低いことはあまり知られていません。犀星の杜クリニック六本木でもみなと芝クリニックでもがん検診率を上げるために、本検査を広く活用しておりますので、お気軽にお問合せください。
2024.05.25
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軽度認知症(MCI)の早期発見の重要性
超高齢化社会のわが国では、現在85歳以上の4人に1人が認知症といわれ、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人の約700万人、2050年には1000万人を超えると推測されています。一方、認知症の前段階である軽度認知障害の患者は、現在国内では約400万人いるとされ、世界的には国によって65歳以上の人口の7~42%が軽度認知障害の状態であると推計されています(Petersen RC et al. J Intern Med 275:214-228 2014)。そして、軽度認知障害患者のうち、年間10~30%の方が認知症に移行するとされています(2019年6月 厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」より)。令和5年12月よりエーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬レカネマブが本邦で保険適応に承認されてから、ますます軽度認知障害の早期発見、認知症発症予防に注目が集まってきています。 軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)とは ① 記憶障害(物忘れ)の訴えが本人または家族から認められている。 ② 日常生活動作は自立している。 ③ 全般的な認知機能は正常範囲であるが、以前と比較して認知機能の低下があり進行性である。 ④ 年齢や教育レベルの影響のみで説明できない記憶障害、遂行機能、注意、あるいは視空間認知のうち一つ以上の認知機能障害が存在する。 ⑤ 認知症ではない。 のすべてを満たす状態をいいます。健常と認知症の中間の状態を指し、認知症の予備軍と言われています。MCIを放置しておくと、約半数の方が認知症に移行すると言われています。また、この時期に適切な予防を行うことで、認知症への移行を防ぐこともできると言われています。特に視空間認知障害があると、視力低下がないにもかかわらず、物品の認識や簡単な道具の操作や図形描画のレベルが劣る、手指の形のものまねができない、自動車をバックで駐車できない、よく知った道で迷子になる、などの症状が見られるようになります。 アルツハイマー型認知症 アルツハイマー型認知症の原因の一つに、アミロイドβが加齢や生活習慣の乱れにより脳内に蓄積して起こると考えられています。まず、血管の老化が進むことによって血管の慢性炎症が併発し、その結果、血液脳関門の損傷が生じることで脳実質内への血液成分の侵入、脳内の炎症が惹起されます。脳内の持続的な炎症はアミロイドβの産生を増やしますが、脳内からのアミロイドβの排除が間に合わなくなり脳実質や血管内に蓄積し続けると、ミクログリアが異常に活性化して神経細胞のシナプスを攻撃します。攻撃を受けたシナプスは変性し、その結果、記憶や見当識など認知機能の低下を起こし、アルツハイマー型認知症に至ります。 アルツハイマー型認知症の血液診断の方法として、アミロイドβ42(Aβ42)を測定する方法がありますが、認知症発症の10年以上前からAβは脳内に蓄積が始まっていること、Aβの蓄積が必ずしも認知症の発症を引き起こさないため、早期のスクリーニング検査として感度が落ちることから、Aβの蓄積に引き続いて起こるタウ蛋白の血液濃度の測定が試みられています。しかしながら、タウ蛋白の中で総タウ蛋白は患者と正常者の間の差が少なく診断には使えないことが明らかになっており、よりアルツハイマー型認知症に特異的なリン酸化タウ蛋白を、血液中で定量できる定量系の開発が求められていました。リン酸化タウ蛋白はアルツハイマー型認知症患者さんの脳に特異的に蓄積する病的蛋白質であり、またAβ42とは異なり、より認知症の発症が近づいてきた時期から脳に蓄積し始め、その大脳内での広がりが認知症の発症とダイレクトに関連していることがわかっています。しかし、リン酸化タウ蛋白はまだ一般の検査機関での測定はできないため、いち早い商業化が望まれています。現在ではアミロイドβやタウ蛋白を直接、測定するのではなく、以下に述べるMCIスクリーニング検査プラスという方法を用いて、軽度認知障害(MCI)を診断する手法が開発され、一般にも検査できるようになっています。 認知症の早期診断 MCIスクリーニング検査プラスはアルツハイマーの病態進行に関わる栄養・脂質代謝・炎症免疫・凝固線溶の4つのカテゴリーに分け、それぞれのグループ中のバイオマーカーを探索して、全体で9つのタンパク質を抽出しました。これらのタンパク質の血中濃度を測定し、MCIのリスクを評価しています。総合評価A~Dで65歳以上のD評価の方はレカネマブによる治療の適応の可能性があります。専門医の受診を必要とします。当院ではJCHO東京高輪病院、東京都健康長寿センター、東大病院との連携を取っており、適切に紹介いたします。一方、B~C、65歳以下のD評価の方は当院で生活習慣や基礎疾患の見直しと、予防治療を行っていますので、是非ご相談ください。 当院の予防対策について 認知症の多くは加齢によって発症するため、その予防のためには、いわゆる老化対策が重要となってきます。特にアルツハイマー型認知症は老化物質による全身性の慢性炎症が、脳のミクログリアというそうじ屋の役目を持つ免疫細胞にも起こるため、脳内の老廃物が除去されずに生じるという考えがあります。その炎症を如何に少なくするかが認知症予防の鍵となると考えられますが、これから今までの研究で分かってきたことを元に、当院で行われている認知症予防対策を紹介していきたいと思います。 認知症と腸内細菌叢 老化による慢性炎症の発生に腸内細菌が一役買っているようです。加齢とともにビフィズス菌は著しく減少し、悪玉菌が増えることが知られています。増加した悪玉菌の中にアンモニアを産生する菌があり、血中のアンモニア濃度が高いと脳内のアストロサイトという細胞が炎症反応を呈し、アミロイドβの前駆物質の発現量が増加します。前駆物質がやがてアミロイドβに変換され、認知症のリスクが高くなるという研究結果がでています(1)。更に、悪玉菌のうち特にグラム陰性菌(大腸菌など)はリポポリサッカライド(LPS)という糖脂質を菌体成分としていて、これが腸管粘膜より血管内に入ると、全身の組織に炎症性サイトカインを誘導し、慢性の微小炎症を引き起こすことがわかっています。脳のミクログリアにも慢性炎症が生じ、そうじ屋としての機能が落ちることにより、アミロイドβを脳から排泄できなくなり、アルツハイマー型認知症になるのです。一方、ある種のビフィズス菌によりアミロイドβを投与したマウスの認知機能が改善したという結果や、乳酸菌の作るペプチドを物忘れを自覚する高齢者に2か月間に渡って、服用させ続けたところ、改善が認められたという結果が示されました。これらの結果は、悪玉菌を減らし、ビフィズス菌を始めとする善玉菌を増やすことにより、慢性的な炎症が抑制されたため、認知症発症が予防可能であること示唆するものです。例を示すと、京都の京丹後市は百寿者が多い地域で、高齢者の認知症が少ないと言われています。その地域の高齢者の腸内細菌叢を調査しところ、短鎖脂肪酸の一つである酪酸を作る善玉菌が多く、腸内細菌の分布が若い人たちと同様であることが報告されています。京丹後市の高齢者の食事内容は海藻、玄米などの全粒穀物、葉野菜、根菜、豆・芋類など高繊維食が中心で、善玉菌が増えやすいものでした。また、世界的には地中海沿岸地域の人々が心疾患、脳卒中や脂肪肝に罹患するリスクが低いことが知られていて、その地域の人々の食生活が魚介類、オリーブオイル、野菜、豆類、ナッツ類が主で、赤肉、ソーセージ・ハムなどの加工食品や砂糖を避けている特徴があり、地中海食として知られています。最近の研究で、日本の長寿地域の食事と同様、地中海食やMIND食*)も認知症のリスクを減らすことが分かってきました(1)。別の研究では地中海食の摂取で、認知機能向上に関連する虚弱マーカー、C反応性タンパクで示される炎症反応などが減少していることが示されました(3)。また、比較的低カロリーの食事は生活習慣病のリスクを減らし、なおかつ長寿遺伝子を活性化することにより認知症のリスクを減らすと考えられていますが(4)、先にも挙げたように腸内細菌叢の環境改善により、認知症のリスクを回避している可能性もあります。従って、腸内環境の改善、すなわち善玉菌を増やすためには、善玉菌のエサとなる水溶性食物繊維やオリゴ糖などのプレバイオティクスや、ヨーグルト、発酵食品などのプロバイオティクスやサプリメントを摂ることが推奨されています。一方、悪玉菌を減らすためには、善玉菌を増やすだけでなく、悪玉菌のエサとなる脂質や糖質の高い食事を避けること、アンモニアを作る悪玉菌を除菌する抗菌剤や下剤なども活用することが考えられます。 1) Saji N, et al. Sci Rep 2020 18;10(1):8088. 2) Agarwal P, et al. Neurology 2023 100:2259-2268 3) Gosh TS, et al. Gut 2020 69:1218-1228. 4) Guarente L, at al. Cell 2005 120:473-482 *):MIND食とは、地中海食とDASH食を組み合わせた食事法。DASH食とは、アメリカで高血圧改善のために推奨されている、飽和脂肪酸とコレステロールを抑えてミネラル、食物繊維、タンパク質を多くとる食事法。 補足事項 リポポリサッカライド(Lipopolysaccharides: LPS)は、グラム陰性桿菌の菌体成分で炎症性サイトカインの放出を促進します(炎症を悪化させます)。また、LPSは認知症の危険因子であるアミロイドβの産生やタウ蛋白のリン酸化に関与する可能性も指摘されています。 127人を解析した結果、認知機能が健常な人と比較して、認知機能障害がある人では、血漿LPS濃度が高値でした。また、認知症を発症していない群の検討では、軽度認知障害群は健常群と比較して血漿LPSが高値であり、多変量解析でも、血漿LPS高値は軽度認知障害で有意に高値を示していました。また、血漿LPS濃度が低い群では、魚介類を多く摂取している人の割合が多い傾向でした(LPS高値群vs.低値群:45% vs.70%, p = 0.027)。いわゆる善玉菌が作る乳酸や酢酸など短鎖脂肪酸濃度も調べると、LPS低値群で高い傾向でした。この結果から、食事-善玉菌-認知機能という相関関係が推測されます。 認知症とNMN 老化やアルツハイマー型認知症などの加齢に伴う病気の発症にはNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)というエネルギー代謝に必要な補酵素の低下が関連していると言われています。この前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は若返りのビタミンとも呼ばれ、これを摂取すると、高齢男性において筋力が改善するという研究結果が東大病院から発表されました。骨格筋量に有意な変化は認められませんでしたが、歩行速度や握力などの運動機能が向上し、サルコペニアの予防が期待される結果でした。サルコペニアは寝たきり状態になる前段階で、寝たきり状態が認知症のハイリスク因子であることから、NMN摂取により認知症になりにくくなることが予想されます。また、最近の研究ではNMNはアルツハイマー型認知症の原因の一つであるアミロイドβと呼ばれる老廃物のようなタンパク質の産生を減らし、脳神経の変性を抑える効果のあることが示され、その結果、記憶力と空間認識能力(例えば距離感)が改善されたということです。一方、動脈硬化のある血管の柔軟性や原因となる酸化ストレスの減少が起こることで、脳の血流が改善することも示されました。NMNは加齢とともに減少し、50代では20代と比較して半減してしまうことから、認知症のリスクが加齢とともに高まってきます。従って、外からの補給が必要なのですが、食事で摂るとなると、NMNが比較的多く含まれるブロッコリーでも一日40㎏以上必要になるほどの量なため、NMNをサプリメントで摂ることがお勧めです。 認知症とシトルリン シトルリンは血液中に流れ回っているアミノ酸で、遊離アミノ酸と呼ばれています。シトルリンは体内で生じたアンモニアを尿素へと解毒する働きがあります。アンモニアは腸内細菌のところで述べましたように、アルツハイマー型認知症の増悪因子と考えられていますので、シトルリンが認知症の進行を抑える可能性があります。一方、シトルリンは血管を拡げる作用のある一酸化窒素(NO)の産生を促し、動脈硬化を緩和させる働きがあります。脳の血流が改善することにより、記憶力や集中力が向上し、更にNOがアミロイドβの蓄積を抑制するという研究結果からも認知症の予防に繋がると考えられます。 シトルリンはスイカに多く、100g中180㎎も含まれていますが、一日の所要量が800㎎と推奨されているので、スイカを毎日100g食べても足りません。きゅうりは56本、ゴーヤは24本に相当します。従って、シトルリンはサプリメントを活用することで摂取することをお勧めします。 ケルセチン ケルセチンはフラボノイドというポリフェノールの一種で、アミロイドβの合成を阻害し、リン酸化タウ蛋白の海馬への蓄積を抑制する働きがあり、認知機能を改善すると言われています。食品で代表的なものは玉ねぎで、赤(紫)玉ねぎ、黄玉ねぎに多く、白玉ねぎに少ないとされています。また、強い抗酸化作用を有しており、酸化ストレスレベルを低下させることで、老化を遅らせる効果があると考えられています。 ジオスゲニン ジオスゲニンはステロイド系サポニンの一種で、抗酸化作用が主な働きですが、アミロイドβの脳内沈着の抑制、タウ蛋白のリン酸化阻害という作用を有し、アルツハイマー型認知症の予防に有効とされてきましたが、最近の研究でアミロイドβによって変性した神経細胞の軸索を伸展し再生させる機能が発見されました。この作用により、記憶障害が改善され、認知機能が向上することが証明されました。ジオスゲニンは山芋や長芋に多く含まれていることで知られています。 認知症とビジョントレーニング 目から入る視覚情報が脳において情報処理がされ、自身の空間認知が可能となります。空間認知ができて平衡感覚と合わせて体幹、四肢などが即座に反応し、適切に行動します。認知障害が始まるとこの空間認知能力が低下してきます。この一連の連携性をトレーニングにより高めることで、認知障害を予防することが可能と考えられています。40~50代以降、視力は低下してきますが、「見る力」は鍛えることができます。「見る力」とはいわゆる動体視力とほぼ同義です。目を素早く動かし、ものを追う眼球運動を鍛えることで、脳での情報処理も早くなり、空間認知力が高まります。そして、情報をいかに運動につなげるか、情報の出力も反復したトレーニングでスムーズになります。元々は50年以上前からアメリカで始まった考え方ですが、トレーニングの様々なプログラムが開発され、一部日本にも導入され始めてきています。 BDNF(brain derived neurotrophic factor; 脳由来神経栄養因子) BDNFは最初、ブタの脳から精製された神経細胞の生存を維持する作用を持つ因子とされ、ヒトでは神経細胞の発生や成長、維持、修復に働き、学習や記憶、情動、摂食、糖代謝において重要な働きをする分泌タンパク質であります。近年、BDNFの発現量がうつ病やアルツハイマー病患者の脳(主として海馬、大脳皮質)で減少していることが確認されてきました。その後の研究で海馬領域のBDNFが学習や記憶において重要な役割を果たしていることが示されました。BDNFの作用は神経細胞の生存維持、神経突起の伸長促進、神経伝達物質の合成促進であると考えられています。BDNFは分子量13.5kDと大きいが、血液脳関門は脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出するという新たなメカニズムが確立してきているため、BDNFは血管内投与でも有効な可能性があります。現在、BDNFは製剤化されていないので、唯一、BDNFが含有されている間葉系幹細胞培養上清液しかありません。当院では軽度認知障害(MCI)の患者さんの病状が進行しないように本上清液の血管あるいは鼻腔内投与行い、予防的処置を行っております。
2024.05.18
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変形性膝関節症に対するPFC、脂肪由来幹細胞治療後のリハビリテーション計画
原則、外来通院は2週間から1か月に一回、状況に応じて診察とリハビリテーションの指導を行います。 第1病日~第14病日 日常的な歩行を3,000~5000歩/日程度、負荷をかけずに行います(階段の昇り降り、重い荷物を持っての移動などはなるべく避けてください)。 第15病日~第28病日 2週後より、安静にしていた膝関節が硬くならないよう、膝の曲げ伸ばし運動を体重をかけずに行います。(ひざの曲げ伸ばしをよくする方法1,2) この運動は午前と午後の2回、1回の屈伸回数は20回とします。入浴される場合は、入浴中に同様の屈伸運動を行います。 もう一つはつま先を曲げ伸ばしすることで、膝の裏側の硬さを取ります。(ひざの裏のかたさをとる方法) 日常的な歩行は8000歩/日以内とし、重い荷物の運搬は多少構いませんが、階段の昇降は控えてください。 第29病日~第56病日 膝の屈伸運動は継続しながら、治療後1か月より、膝関節周囲の筋肉トレーニングを開始します。 ① 太ももの前の筋肉トレーニング 椅子に座りながら、脚を水平に伸ばし、5-10秒そのままでいることを10回繰り返し、朝、晩の2回行います。もう一つは客を伸ばして座り、膝下に巻いたタオルを置き、そのタオルを膝裏で押し付けてつぶすようにします。5-10秒そのままでいて力をゆるめます。10回を1セットとし、1日2回行います。(太ももの前の筋肉をきたえる方法1,2) ② 太ももの外側の筋肉トレーニング 治療した膝を上にして、横向きに寝ます。上の客を膝を伸ばしたまま、股を開くようにゆっくり上げます。5秒ほどそのままを保ち、ゆっくりおろしてきます。10回を1セットとし、1日2回行います。(太ももの外側の筋肉をきたえる方法) 第33病日~第56病日 途中より、膝の裏側の筋肉を鍛えるトレーニングを開始します。 ③ 太ももの裏側の筋肉トレーニング いわゆる「スクワット」と呼ばれる運動です。 まず、肩幅より少し広めに脚を開いて立ちます。 次にイスに腰かけるようにお尻をゆっくりとおろします(手でものにつかまってもいい)。 その時、膝は90度以上曲げないようにします。 そしてゆっくりと膝を伸ばし、元に戻ります。 1セット10回で、1日2回行います。 膝関節腔内投与6か月後に膝のX線検査とMRI検査を行い、治療効果を判定します。 犀星の杜クリニック六本木 院長 川本徹
2024.04.19
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若返りと腸内細菌
サルコペニアとは加齢に伴う筋力あるいは筋肉量の減少を指す言葉です。この状態を放置しておくと、寝たきりや認知症になる恐れが高いですので、早期発見による予防が大切となります。アルツハイマー型認知症も発症する最大の危険因子は加齢です。アルツハイマー病と診断された人の大半は65歳以上であることを考えると、若返りを図ることでサルコペニアや認知症を予防することが期待できます。最近の研究で、腸内の細菌が若返りに関連する可能性が示唆されました。以下のコラムではその研究結果を示し、実際の臨床例を提示します。 腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症 ① 動物による実証実験 ヒトがなぜ老いるのか。老いは生活習慣病を始め、ほとんどの病気の発生原因の根源にあると考えられています。最近、老化が起こるメカニズムを知る上で、重要かつ興味深い実験がありました。若いマウスの腸内フローラを高齢のマウスに移植すると若返ると言うのです。 マウスの寿命は長くて3年程度と言われ、早老症のマウスは何もしなければ約9か月で全部が死亡すると言われています。その早老マウスに正常マウスの糞便移植をすると半数になるまでの期間が13.4%、全数死亡までの期間が7.8%延びたのです(Barcena C, et al., Nat Med. 2019)。寿命が延びるだけではなく、低血糖や動脈硬化などの老化現象も軽減されたのです。この結果は正常マウスにいて、早老マウスに無いもしくは少ない腸内細菌が関連しているのではないかと推測され、実験によりアッカーマンシア・ムシニフィラという菌が候補にあがりました。この菌は残念ながら日本人には少ないとされますが、比較的女性に多い傾向があり、特に奄美大島地方の長寿の方からの調査ではこの菌が多かったと報告されています。 更に2021年にはアイルランドの研究者らが生後3-4ヶ月の若いマウスのフンから細菌叢を採取し、生後20ヶ月の高齢マウスに与えました。その結果、若い細菌叢を移植したグループのマウスはそうでないグループと比較し認知テストでより良い結果が認められ、学習や記憶を司る脳の海馬と呼ばれる場所の中にある認知機能や免疫機能の向上に関連する遺伝子の活動パターンや代謝が若い時のパターンに似た変化が認められたというのです(Boehme M et.al Nature Aging 2021)。アルツハイマー型認知症の原因として、脳内の老廃物であるアミロイドβの沈着が指摘されており、このアミロイドβを処理するのが、脳内マクロファージであるミクログリアなのです。従って、高齢マウスのミクログリアが若いマウスの腸内細菌叢の影響で活性化すれば、脳が若返ると言う推測も成り立つと思われます。 しかし、これらの結果が本当に腸内細菌叢が老化に影響を与えていることを示しているといえるのか。心身が単に衰えてきた結果、腸内細菌叢に変化が出ただけの可能性もあるのではないか。それを証明するために2022年にある研究が行われました。生後5週の若齢マウスの糞から取り出した腸内細菌を、生後12カ月の高齢マウスおよび25カ月の超高齢マウスに週2回、8週間経口投与し、身体的変化を調べた。その結果、生後12カ月の高齢マウスでは筋線維の太さと握力が増加し、角質細胞の数と皮膚水分量の増加、皮膚のマーカ ーの改善が見られました。25カ月の超高齢マウスでも、筋線維および脳サイズの増加が確認された。腸内細菌の移植で組織の若返りが起きたと考えられます(Kim KH et.al Microbiome 2022)。 これらの研究から導かれたことは、腸内細菌が寿命に影響することや、認知症やサルコペニアの発生進展に関わっている可能性です。では、どのような腸内細菌が関わっているのでしょうか。 腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症 ② 加齢と腸内フローラ 黄色:アクチノバクテリア門 赤色:バクテロイデーテス門 青色:ファーミキューテス門 桃色:プロテオバクテリア門 神戸大学の研究では、乳幼児から超高齢者に至るまでの主な腸内細菌叢の変化を詳細に検討しました。上記のグラフでは年齢とともに黄色のアクチノバクテリア門の菌が減少していることがわかります。この門に属する代表格がビフィズス菌です。成人では腸内細菌全体の20%ほどを占めていますが、60歳を超えると約10%に、90歳を超えるとほぼ0%になってしまいます。実はビフィズス菌に連動して、青色のファーミキューテス門の菌も減少しているのがわかります。この門の代表格はラクトバチラス属の細菌で、いわゆる乳酸菌と呼ばれるものです。その他にはクロストリジウム属の一部の酪酸を産生する酪酸菌も含まれます。これらの菌は食物繊維やタンパク質、脂肪から酢酸、プロピオン酸、酪酸という短鎖脂肪酸を作るのですが、短鎖脂肪酸は糖質や脂質の代謝を調節し、体のエネルギー源にして筋肉を増やしたり、免疫能を調整し抵抗力を増す働きをしたり、認知症の原因である脳の老廃物を減らしたりすることが確認されています。高齢になっても若い時の腸内細菌叢のようにビフィズス菌や乳酸菌、酪酸菌の割合を再現できれば、健康に長生きできる可能性があるのです。 では、これら短鎖脂肪酸を作る菌を増やすにはどうしたらよいのでしょうか。長寿の地域の住民の生活習慣がヒントと成り得ますので、一例を示したいと思います。 腸内フローラ(細菌叢)と若返り、サルコペニア(筋肉減少症)と認知症 ③ 京丹後市の高齢者 京都府の京丹後市は100才を過ぎた高齢者の割合が全国平均の3倍以上という長寿の地域です。その理由は、この土地独自の食生活にあるようです。海藻、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀類)、葉野菜、根菜、豆類、イモ類など食物繊維が豊富な食品を毎日摂取している人の割合が高く、中でも水溶性食物繊維を多く含む大麦、玄米、海藻類を食べています。特に大麦は100gのうち水溶性食物繊維は6gと非常に豊富です。水溶性食物繊維は腸内の善玉菌の栄養源となり、元々いる善玉菌の数が増える結果、善玉菌の作る酪酸が過剰免疫(アレルギー反応)の制御、免疫強化による感染防御、腸炎などの炎症の抑制などに関与することが知られています。ヨーグルトなどでビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を摂ると、その菌は腸内を通るときに、いい働きをするので、比較的速効性が期待されます。ただし、外部から摂取した善玉菌は2-3日で死んでしまいますので、生きた善玉菌を含む食べ物を、毎日とることが大切となります。大体、腸内環境は、がんばれば2週間で変わりますので、食物繊維と生きた菌をしっかりととることで、腸内環境は変えることができます。理想的には1日にとりたい食物繊維は20g、1日あたりの食物繊維摂取量が25グラムから29グラムのときに、死亡や疾患にかかるリスク低下度が最も大きくなると言われています。 では、実際の京丹後市の高齢者の腸内フローラを調べた結果が下段グラフです。京都市の高齢者と比較して、ファーミキューテス門の酪酸を産生するクロストリジウム属が多いことが判明しました。ファーミキューテス門の腸内細菌が加齢とともに減少することは前出した研究で示されていますが、京丹後市の高齢者では増加し、若年者の腸内フローラに近づいていると言えます。 そして京丹後市内798名の65歳以上の高齢者を調べてみると、握力低下によるサルコペニアの疑いは17.1%、認知症の疑いのある方が7.5%と全国平均を下回る状況でした。すなわち食物繊維の多い食事を習慣にすることによって、ファーミキューテス門の作る短鎖脂肪酸、特に酪酸の影響でサルコペニアや認知症を予防できたことが推測されます。研究により予想される結果が、実際の臨床でも証明された可能性を示すいい一例だと思います。サルコペニアや認知症を予防し、健康寿命を延ばすのに、まさしく食は大事なのだなと痛感する次第です。 しかしながら、サルコペニアや認知症はなってからでは遅いので、予防とともに重要なのは早期発見と言ってもいいでしょう。早期発見すれば、いくつかの治療によって回復する可能性があるのです。次に早期発見と治療について述べたいと思います。 サルコペニアの早期発見 従来、行われてきたサルコペニア診断はほぼサルコペニアを発症している方に対するものでした。サルコペニアの予防としては予備軍を見出し、早期に対処することが肝腎です。 当院では血液検査からハイリスク群を抽出し、早期予防治療を推奨しております。犀星の杜クリニック六本木では血液検査の項目としては虚弱マーカーの候補をいち早く取り入れ、①ヘモグロビン②高感度CRP③インターロイキン6(IL-6)④ビタミンD(25(OH)D3)⑤抗サイトメガロウイルスIgG抗体⑥腫瘍壊死因子アルファ(TNFα)⑦抗単純ヘルペスIgG抗体⑧β2ミクログロブリンを測定し、身体所見と総合してサルコペニアの早期発見に尽力しております。早期発見後は以下に述べる予防や治療法を提案します。 サルコペニアの予防を目的とした栄養療法、再生治療 サルコペニアを予防するための栄養学 タンパク質は筋肉をつくるために欠かせない栄養素です。サルコペニアの予防には、1日に体重1㎏あたり1.2~1.5gのタンパク質を摂ることが必要とされています。大体、体重が60㎏の人ならば、72~90gを1日に摂らなくてはなりません。しかし、例えば高タンパク・低カロリーである鶏のささみを100g食べたとしても、それに含まれているタンパク質の量は23g。1日量の1/3程度しか賄えません。毎回の食事の中でバランスよく、肉や魚、卵、乳製品、大豆製品などからタンパク質を摂ることが大切です。不足分はサプリメントで補充するのも一手です。 そのタンパク質が分解されてできるアミノ酸の中で、体内で合成できない、もしくは合成量が必要に満たないものを必須アミノ酸といいますが、その中でもロイシン、バリン、イソロイシンは特に筋肉を作るタンパク質の材料やエネルギー源となる分岐鎖アミノ酸(BCAA)として知られています。高齢者ではタンパク質同化(タンパク質を作る)ホルモン【テストステロン、エストロゲン、成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF-1) 】が減少して、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが増加して来るので、筋肉の破壊が進んでしまう傾向にあります。実際、筋肉量の減少が認められた高齢女性にロイシンを多く含む栄養剤の投与を行ったところ、筋肉量、筋力、歩行速度のいずれも改善したという報告があります。BCAAはまぐろの赤身、かつお、あじ、さんまに多く、鶏肉、牛肉、卵などにも多いので、これらの食品をバランス良く摂取し、足りない分をサプリメントで補給するのが良いでしょう。 ビタミンDはカルシウムと共に、骨をつくるために必要な栄養素として知られています。一方で、血中のビタミンDレベルが低い人は、握力や歩行速度などの身体機能が低いことや、40歳以上の日本人女性ではサルコペニアと骨粗しょう症の発症の間に強い関連があることが示されており、ビタミンDは骨だけではなく筋肉にも作用することが解っています。その機序として、血中カルシウム濃度を一定に保ち、神経の働き良くすることで筋肉を正常に収縮させて、筋力を保つこと、もう一点はがんや慢性疾患、老化などで筋肉量が減り萎縮していく過程をビタミンDがブロックすることで、筋肉量を保つことが言われています。実際、ビタミンDが欠乏している高齢者にビタミンDを補給したところ、下肢筋力の向上や転倒リスクの軽減が見られたという結果が報告されています。 ビタミンDはキノコ類やイワシ、サケ、サバなどに多く含まれていますが、サプリメントもいいです。また、日光に当たると皮膚でビタミンDは合成・活性化されますので、適度な日光浴がおすすめです。 L-カルニチンはエネルギー代謝に深く関わる重要な栄養素です。L-カルニチンは生体内での合成にはリジン、メチオニン、ビタミンB3(ナイアシン)、B6、C、鉄を必要としますが、大部分(3/4)は食事から摂取したものとなります。L-カルニチンの主な働きは脂肪をエネルギーに変えることにより、体脂肪を減少させたり、体重を減らしたりすることですが、L-カルニチンのほとんどは筋肉に貯蔵され、筋肉のエネルギー源として活用されています。また近年では脂肪をエネルギーに変換する際、抗酸化作用により筋肉細胞の障害を抑えて骨格筋を保護する効果が示唆され、サルコペニア予防として注目されています。L-カルニチンは羊肉や牛肉に多く含まれていますが、高齢になると一般に肉類の摂取が減り、食事から補給するのが困難となりますので、サプリメントや薬で補給することもできます。 タウリンはアミノ酸の一種で、血液中のコレステロールや中性脂肪を減らし、血圧を正しく保ち、また肝臓の解毒能力を強化し、アルコール障害にも有効な作用を示します。それだけではなく、最近、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが保有するデータを解析したところ、65歳以上に限定すると、タウリン推定摂取量が多い人は8年間における筋力低下が少ない人と比べて、半分程度に抑制されていることが判明したのです(図3)。マウスを用いた研究でも、 (出典:大正製薬ニュースリリース) 骨格筋中のタウリンが欠乏すると、骨格筋の老化が促進されたという結果が報告されています。つまり、タウリンもサルコペニアを予防する重要な因子であることが示唆されたのです。タウリンはイカやタコ、貝類、甲殻類及び魚類に多く含まれているので、日本人はタウリンを摂取しやすいと考えられますが、近年、食習慣の変化からその摂取量は低下傾向にあると言われています。 京丹後市の高齢者にはサルコペニアと診断された方が非常に少ないという特徴があることが報告され、腸内細菌叢を調べたところ、ラクノスピラ属の酪酸菌が多いことが判明しました。その機序はまだはっきりとしていませんが、酪酸菌が体内の炎症反応を抑えることにより、筋萎縮を減らし、タンパク質同化を改善すること、筋肉におけるエネルギー代謝が効率よく行われ、運動時の易疲労性に対し予防的に働くこと、酪酸が筋肉の遺伝子発現に影響を与え、加齢による筋萎縮を抑制することなどから、サルコペニアを抑制すると考えられています。 腸内で酪酸菌を増やすためには食物繊維、特に水溶性食物繊維の多い食事を心掛けることです。京丹後市の高齢者は、海藻、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀類)、葉野菜、根菜、豆類、イモ類など食物繊維が豊富な食品を毎日摂取している人の割合が高く、運動能力においては握力の低下、歩行速度の遅れが全国平均をかなり下回っています。マウスを用いた実験でも、肉を与えず、豆類など植物由来タンパク質や食物繊維の多い食品を十分に与えていれば、筋肉量が増加しサルコペニアが改善することが証明されています。食事を変えることが難しい場合でも、最近では、酪酸菌を含むサプリメントも開発されていますので、利用するのも一方法です。 同じく腸内細菌の話ですが、2015年にアメリカでマラソンランナーの腸内細菌を調査したところ、ベイロネラ属の細菌(ファーミキューテス門)が座位の仕事をしている人々に比べて多いことが判明しました。更にベイロネラアティピカ菌と想定され、乳酸を唯一代謝する菌としての特徴がみられましたが、その後のマウスの研究で乳酸からプロピオン酸という短鎖脂肪酸を産生することがわかったのです。プロピオン酸は腸から吸収されて筋肉のエネルギー源になったり、その消炎効果により筋肉疲労を軽減したりする作用が考えられていることから、サルコペニアの予防にも効果のあることが期待されます。このプロピオン酸を増やすために、多く含むブルーチーズ(実はこの臭いの元がプロピオン酸)を食しても、大腸に届く前に消化液で分解されてしまいますので、効果はありませ。水溶性食物繊維を摂取して、運動をすることでベイロネラ属菌の持つ酵素が活性化して、プロピオン酸が多く作られるのです。日本でも同様の研究がなされ、長距離ランナーにバクテロイデス・ユニフォルミス菌が多いことが判明しました。この菌はトウモロコシを原料とした難消化性水溶性食物繊維を摂取すると増えることが知られております。また、これらの研究を元に、アメリカでも日本でもベンチャー企業がサプリメントを開発しています。サルコペニア予防にこれらサプリメントを試みるのも一案かと思います。 老化やアルツハイマー型認知症などの加齢に伴う病気の発症にはNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)というエネルギー代謝に必要な補酵素の低下が関連していると言われています。この前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は若返りのビタミンとも呼ばれ、これを摂取すると、高齢男性において筋力が改善するという研究結果が東大病院から発表されました。骨格筋量に有意な変化は認められませんでしたが、歩行速度や握力などの運動機能が向上し、サルコペニアの予防が期待される結果です。NAD+は加齢とともに減少し、50代では20代と比較して半減してしまいます。従って、外からの補給が必要なのですが、食事で摂るとなると、NAD+が比較的多く含まれるブロッコリーでも一日40㎏以上必要になるほどの量なため、サプリメントで摂ることをお勧めします。 最後に筋肉細胞におけるタンパク質同化の刺激因子に注目しますと、先に述べたロイシンという分岐鎖アミノ酸、運動、インスリン様成長因子(IGF-1)の3つが挙げられます。このうちIGF-1は筋サテライト細胞という骨格筋の幹細胞を刺激することで、筋肉細胞に分化、増殖させることが知られています。加齢とともにIGF-1は減少し、筋サテライト細胞はその数や機能が低下してきますので、IGF-1を十分に増やすことがサルコペニアを予防すると考えられています。また、最近ではIGF-1が筋肉細胞の肥大を促進することや、筋タンパク質の分解を抑えることも分かってきており、様々な面から、サルコペニアを予防する可能性を有しています。IGF-1は現在、医薬品やサプリメントではありません。しかし、IGF-1は幹細胞自身が作っているので、例えば、幹細胞を取り出して培養すると、その上澄みである上清液にIGF-1が多く含まれています。その上清液を筋肉注射や静脈内投与することにより、IGF-1が筋サテライト細胞を刺激し、その結果筋肉細胞を増加させるという再生医療が可能となります。現在は未承認医薬品ではありますが、現在既に、医師主導で行われ始めています。高い効果が出ることが期待されています。
2024.04.10
